カレット
きゅう
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営業所に着き櫻井、朝比奈と続いてオフィスに入る。おはようございます、と二人で声を掛ければ、挨拶が返ってきた後、社員たちから櫻井を心配する声が上がった。

「大丈夫か櫻井」
「結構熱あったんだって?」
「ご心配お掛けしてすみません、おかげさまでもう下がりました」
「そーか、よかったよかった。無理すんなよ」
「ありがとうございます」

朝比奈もご苦労さん、という声に後ろにいた朝比奈が「いえ」と笑顔で返す。席について鞄を置くと、池谷と福本が「櫻井さん」と同時に声を上げた。

「うん?」
「あ、えーとじゃあ俺から……いや昨日、戻ったら櫻井さん熱だって聞いたんで、これお見舞いで」

良かったら、と池谷がコンビニ袋に入ったゼリーを差し出した。

「ゼリー。ありがとう、食べやすいの助かる」
「へへ、よかったですー」
「福本はどうした?」
「あっ、俺もお見舞いにと思ってこれ……だったんですけど……」

ゼリー。

「か、被ってすいません……」
「いや、そんな顔するなよ。ゼリー好きだから嬉しいよ」
「櫻井さん……!」
「二人ともありがとう」

礼を言えば、後輩の二人は照れ笑いを浮かべて「どういたしまして」と頭を下げる。

「何被せてきてんだよ福本ー」
「だ、渡す順番逆だったら池谷が被ってたんだぞ」

なんだなんだと言い合う二人に小さく笑い、つくづく周りの人間には恵まれていると実感する。昨日溜めてしまった日報を書き込み、櫻井はいつものように朝礼を迎えた。
いつもとほぼ変わらない朝礼も終わる頃、相沢が「ああそれから」と付け足しの言葉を発する。

「櫻井と朝比奈」
「はい」

一緒に呼ばれたことに二人で疑問を抱きちらりと顔を見合わせる。
相沢は少々申し訳なさそうな顔付きで「あれな、」と言った。

「例の、女社長さんがな。新しい企画について話がしたい、二人まとめて出向いてほしい、と仰られてだな」
「え゛」

潰れた声は櫻井と朝比奈が思わず同時に発したものである。吹き出したのは何人か、哀れみの笑みを浮かべる者が大半であった。
例の、と頭に付く女社長といえば、まさに例の恰幅のいいセクハラ女社長しか出てこない。今度こそ顔を見合わせる櫻井と朝比奈に、相沢はいつも通りの穏やかな声で言った。

「一ヶ月以内ならいつでもいいそうだから、二人でスケジュール合わせて連絡入れてくれ。頼むな」
「わ……わかりました」
「櫻井さん……」
「そんな声出すなよ」

泣きそうな声で小声で訴える朝比奈を宥める。余程トラウマになっているのだろう、残念ながら櫻井もトラウマである。
朝礼が終わり、各班のスケジュール確認に入ると、早速三国がニヤニヤとした笑みを浮かべながら櫻井と朝比奈の肩を叩いた。

「ご愁傷さん」
「まさか二度目があるとは思ってませんでした」
「まあ確かに、随分気に入られたみたいだったからな。諦めて、この際高いプランガンガンに練って押し付けてこいよ。さりげないボディータッチで押し込め、いっそ口説いて落とせ」
「他人事だと本当楽しそうですね三国さん……」

苦笑する櫻井に対し、朝比奈は朝の笑顔もどこへやら、すっかり意気消沈している様子であった。可哀想にと思いながら、櫻井は「では各自今日のスケジュール確認をお願いします」とリーダーらしく声を上げた。
全員確認を終え、挨拶を交わしたところで、櫻井は朝比奈に声をかける。

「朝比奈、先にスケジュール合わせよう。一件目近いから大丈夫だろ?」
「はい……大丈夫です……」
「そんなに嫌か」

笑う櫻井に、「だって」と珍しく情けない声で朝比奈が言う。

「櫻井さんは平気なんですか、あの社長さん」
「いや、俺も苦手だけどな……仕事は仕事だ、開き直るしかないだろ。大丈夫だよ、一人で行くんじゃないんだから」
「頼りにしてます……」
「頼りにされてやろう。ほら、スケジュール見せて」
「はい」

お互いのスケジュール手帳を眺め話し合った結果、二人の空き時間が合う一番近い日はちょうど一週間後であることがわかった。

「まあ、近いほうがいいよな。この日で大丈夫か?」
「はい。櫻井さんが大丈夫なら」
「そっか、じゃあ決定で。連絡は俺から入れておくから、よろしくな」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」

約束をし、オフィスを出てそれぞれ車に乗って営業先へと向かう。櫻井の今日最初の予定は、いつも工事などを頼んでいる職人たちへの挨拶回りであった。営業マンたちは皆それぞれツテを持っており、櫻井にもそのツテがある。たまに顔を見せ、今後ともどうぞよろしくと頭を下げるのである。
ウインカーを出しながら朝の打ち合わせを思い出し、来週か、とふと思った。
来週はちょうど、古賀と二度目の打ち合わせである。

――仕事だ、開き直れ。

憂鬱の波を押し返し、櫻井はため息を飲み込んでハンドルを回した。


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