ブルースター 2
[3/6]
「いつの間にかアシルの奴もちゃっかり偉くなってるし、最初に比べてもやりやすくなったかな。観光するのにアクセスもいいから、機会があったら積極的に入れていいと思うぞ」
「ありがとうございます、楽しみっス!」
ーーあれ、こういう話がしたかったんだっけ?
キャリーバッグから服を取り出してはハンガーに掛けていく伊集の背を眺めて思い出す。
やっぱり、デキる男はデキる男と仲が良いのか。なんかこう、お互いのこと、わかってますよ、みたいなあの空気感。
絶対デジャヴーー
ーー『くっく、』
『間宮くん』
「パリに来てまで!?!?」
「うわっびっくりした、なんだ急に」
「あっスミマセン……!」
心に浮かんだ莉一が小馬鹿にしたようにけら、と笑って消えていく。
そう、デジャヴ。フランス版・古南莉一、アシル・ジャラベールーーなんてこった、と頭を抱えた。あんな男は間宮にとって二人もいらない。
でもアシルさんのほうがいい人そうか、と間宮は莉一の悪いオーラを思い出して微修正した。
挙動不審な間宮に怪訝な顔つきで伊集が尋ねる。
「他にも忘れ物か?」
「あ、いや……アシルさんが……」
「アシル?」
「その、莉一さんと伊集さん見てるみたいで、ちょっと……なんとゆーか……モヤモヤしてました……」
改めて口にすると子供じみた嫉妬に、気恥ずかしくなって目を逸らす。
と、珍しく伊集から間宮に口づけた。
「……アシルとも、当然莉一ともこんなことしないけど……」
「い、伊集さ……ん、む」
「ん、……これじゃ不満か……? ン、ぁ……はぁ、」
は、と吐息が混ざりあう。見つめあって舌を重ね、唾液を絡めて唇に吸い付いた。
ーーやべ、勃ちそ……、
不意にリン、とインターホンが鳴ってお互いの肩が跳ねた。恐らく迎えのアシルだろう。
唇を離し、伊集が尋ねる。
「……開けて大丈夫か?」
「な、なんとか……ぎりぎりセーフっス……」
「俺も……」
顔を冷ましながら扉に向かう伊集に胸がきゅんとしたが、間宮も他人事ではない。仕事相手であるアシルに余計な詮索をさせる必要もないわけで、そういう気配は潜めねば。
*
「…………」
「…………」
「…………」
「……間宮、見すぎだ……」
「あっ、スミマセン」
つい、と視線を逸らしてパクパク料理を頬張る。
穴が空くほど見つめられた伊集は伊集でぎこちなく、それでもマナーよく夕食を味わっていた。
ーー美味しいけど!
もはやどうでもいい、と無料で三ツ星レストランの味を口にしながら罰当たりなことを考える。
(伊集さんからちゅーされた……)
しかも仮にも仕事中に、あの伊集が。しかも舌まで入れて。
伊集の熱い舌と吐息を思い出し、慌ててオレンジジュースで上書きする。が、幸せな感触はそう簡単に消えはしない。
夕食前にアシルからバーやスパの案内をしてもらったが、やっと半分聞いていたという感じだった。
完全にスイッチ押された、とスープを口にする伊集の唇を眺める。
ーーあ〜、もっかいちゅーしたい……唇濡れてエロい……俺のもしゃぶってほしい……
「間宮……こぼしてる」
「へ。あっ!? うわ、スミマセンっ」
「ボーッとしすぎだ」
誰のせいだと!
しかしひとえに間宮の自制心が低いせいなので、訴えかけたいのを堪えながら、スマートに駆けつけたボーイに謝る。
ーーこんなの明日からの仕事も集中できない……!
*
「伊集さん」
「ん?」
風呂上がりの伊集を広々ふかふかベッドの上で待ち構えていた間宮は、しかしその距離の遠さに「もうちょっとこちらへ……」と手招いた。部屋が広すぎる。
用があれば部屋を出られるようにか、寝間着ではなくカジュアルな普段着に着替えた伊集が近づいてくる。
「なんだ」
「お願いがあります」
「また忘れ物か……?」
「忘れたのはパンツだけっス! もう、ちがくて、」
「うわっ」
伊集の腕を掴んで引き寄せ、ベッドに乗せると軽く口づけた。
「……伊集さんが急にエロいキスしてくるから、俺もうエッチしたくてしょうがないんスけど……」
「な……、」
「ね、伊集さん……」
「だめだ」
「えっ」
きっぱりと即答されて思わず聞き返す。
ーーあれ?
この流れで断られたことあったっけ?
あれ、あれと手の行き場をなくす間宮に、伊集は悩ましげな顔で間宮を諭した。
「自分で言ってただろ、あくまで仕事……それにここはお客様も使う部屋だぞ。そんなところで」
「仕事中にちゅーしたの伊集さんじゃないっスか……!!」
「き……キスは部屋汚れないだろ」
「なんスかそれぇ……!? 拷問……拷問だ……ちゅーはよくてエッチはだめ……? いつからそんな誘い上手のドSになってたんスか……」
「ドっ……そんなつもりはないけどこれはだめだ、本当に」
「そんな……伊集さん……」
間宮の懇願虚しく、伊集は約束していたのか危険を察知したのか「アシルと仕事の話があるから」と出ていってしまった。
ーーこのタイミングでアシルさんのとこ行きますか!?
フランス版莉一が憎い、と質の良い枕に顔を埋める。
こんなにベッドも広いのに。ツインだけどどっちもキングサイズだし。二人余裕で寝れるのに。
(どうせ俺は我慢できない年下のおとこ……)
でも伊集さん俺に我慢しないでほしいって言ったし。
今めちゃくちゃ我慢してるんデスケド!?!?
でも伊集さんの言うことはもっともだし。わかるけど!
頭ではわかっていても身体が理解してくれないのは、果たして間宮のせいなのか。
ーー♪
「んえ……?」
枕元に放っておいた携帯が不意にSNSの電話着信音を鳴らした。
誰、と確認した相手の名前に目を見張り、恐る恐る電話を受ける。
「ぼ、ぼんそわ〜る……」
『Bonsoir, Mamiya』
「ちなみに莉一さんて何ヵ国喋れるんスか……?」
『英語だけ。あとはつまみ食い』
「へ〜……? つか、なんスか急に。俺だって暇じゃないんスよ!」
『ふーん。今何してんの』
「ベ……ベッドと枕の質感を存分に確かめてます……」
『くっく、だろうよ。九時くらいだもんね』
ごろ、と転がって部屋の時計を見れば確かに。
「そーするとそっちは……えっ? 朝の四時? 随分早いっスね」
『まあ。あー、そう、柾貴って風呂? 出ねえから間宮くんに掛けたんだけど』
「いや、今部屋の外ですけど……あ、仕事の話しに行ったみたいなんで、気づいてないのかも」
『あーそ。ま、いいか……』
「伝えましょうか?」
『いや、今日古着出す日なんだけど、捨てんのにどうすんだかと思うモンがあったから。別に次でもいいし、いねえならいいよ。んじゃパリ観光……あ、研修? 楽しんできて』
「あっちょ待っ、莉一さん、」
『あ?』
ーーかくかく然々。
普段ならば絶対に莉一にこんな話はしない。どうせ笑われて終わり、しかし恐らく、単純に誰かに聞いてほしかったのである。
顛末を聞いた莉一は案の定愉快そうに笑って言った。
『ーーぶっくっく……、非情だなァ柾貴の奴……で、同情してやってもいいけど、それを俺にどうしろって?』
「いや……別にどうしてほしいわけでもないんスけど……。なんかスミマセン」
『ふーん。間宮くんはキス上手いの?』
「ファ!? うま……ま、まあ下手ではないと……思いますけどたぶん……!?」
『んじゃ楽勝じゃねえか』
「はひ?」
くつくつと笑い声が聞こえ、莉一の悪い笑みが頭に浮かぶ。
『……後悔させてやれよ』
* * *
ーーあ、まぶし。
導かれるようにうっすら目を開けると、きらきらとした朝の光が、近づいてきた影に遮られた。
「悪い、起こしたか……? もう少し寝てていいよ」
「……伊集さん……?」
優しい声に、寝ぼけたままその手に触れると、愛しげに微笑んだ伊集が指を絡めてくる。
「……昨日は悪かったな、一人で寝かせて」
「……なでなでしてください……」
「……寝ぼけてるのか?」
「寝ぼけたふりして甘えてます……」
「ふ、」
小さく笑った伊集に間宮も口元を弛めれば、伊集の温かい手が寝かしつけるように頭を撫でてくれた。
ーーいやもうこれ、十分に幸せでは?
昨日の夜は結局、莉一との電話を終えて悶々としながらそのまま眠ってしまったのだった。伊集が戻ってきたことにさえ気づかないとは、存外移動や緊張で疲れていたらしい。
だんだん目が覚めてくると、伊集を抱きしめてから間宮も身支度を整えた。歯を磨きながら鏡に映る弛みきった己の顔を見て眉を寄せ、それから脱力する。
ーー『後悔させてやれよ』
(どえす……)
さてどうしたものかと口をゆすぎ、髪をセットして部屋に戻ると、シックなシャツスタイルで椅子に座り、ノートパソコンを眺める伊集が目に入る。パリの高級ホテルとあって洒落た客が多い中、伊集も間違いなくそのうちの一人である。
美形はどこにいても絵になるなあ、と間宮もカジュアルなジャケットを羽織り、窓の外をちらりと見た。昨日はあまり外を見なかったが、パリの街や公園、有名美術館が一望できる良い部屋である。
「間宮、もう出れるのか?」
「はい、準備万端!」
「じゃ、下行こう」
部屋を出てエレベーターに乗ると、三階で乗ってきた大学生らしきパリジェンヌから気さくに挨拶され、二人も挨拶を返した。
「今日はホテルでモーニングとったけど、明日は朝、行きたいカフェがあるんだ。最近パリで流行ってるらしい。付き合ってくれるか?」
「もちろん。むしろお願いしますっ」
ちら、ちらと視線と微笑を感じてパリジェンヌの一人を見やると、興味津々といった視線が伊集にあった。どこに行ってもこれ、とモテる恋人に息をつく。まったく心配である。
レストランのある一階に着くと、レディーファーストで二人が降りるのを見送る。と、先ほどの彼女が「Merci.」と伊集にウインクを飛ばした。動じることなく軽く微笑んでかわす伊集はさすがだが、間宮としては複雑この上ない。
「フランスでもモテるんスね伊集さん……」
「いや、全然。たまたまだろ……フランスでモテてるのは青葉。洒落てて話上手いから」
「そうなんスか? あでも、確かになんかモテてそう……」
本人の知らぬところで同期を褒める伊集に、帰ったら教えてあげようと微笑む。
まさに宮殿、といったレストランでエッグベネディクトやフルーツを平らげ、一旦部屋に戻ると既にハウスキーピングが入っていた。伊集が感心したように室内を見て回る。
「さすが、元通りって感じだ。全部」
「プロっスね〜……」
二人で歯を磨き、伊集が手帳を取り出してスケジュールを確認する。
「十一時に最上階のスイートが空くから、ある程度掃除が済んだところでオーケーが出たら特別に中を見せてもらう。それから美術館、今日はルーヴルとオルセー」
「オルセー、大学で来た時、時間なくて回れなかったから嬉しいっス」
「ふふ。ルーヴルはちょうど企画展やってるからそこメインで、あとはオルセーのほうたくさん見よう」
「ありがとうございます!」
「そのあと……」
紡がれる一日に、やはりこの旅は仕事の一貫であると思い知る。
とはいえ、伊集と一緒にいろいろと見て回れることは間違いなく嬉しい。
「……で、今日は早めに寝ると。よし、そろそろ上に行くか」
「はい!……あ、伊集さん」
「ん?、ン」
振り向いた伊集に唇を重ね、ちゅ、と軽い音をたてて離す。
「……へへ、今日も一日よろしくお願いしますのちゅー」
「……よろしく」
「照れてる」
「行くぞ、もう」
「はいっ」
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