短編集
ブルースター 2
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「今日のディナー、めちゃめちゃ美味かったスね」
「そうだな。見た目も華やかでよかった」
「泊まりじゃなくても、食事だけ組むのもアリか〜」

なんやかんやで忙しい一日を終えて部屋まで戻り、巡った記録を写真と共にパソコンに取り込む作業にかかる。カメラのデータを追っていると、時折いたずらに撮った伊集の姿が目に留まった。カメラに気付いて少し照れながらも笑顔を向ける写真もあれば、まったく気づかずよそに真剣な眼差しを向けている写真もある。驚くべきは、どの写真も絵のように様になっていることである。

「あはは」
「えっ、なんかありました?」
「いや、これ」

急に笑い声を上げた伊集に尋ねると、柔らかい笑みのままカメラの画面を見せてきた。椅子から腰を上げ、向かいに座る伊集の後ろに移動する。
見れば、休憩がてら立ち寄った公園のベンチに座り、嬉しそうにバゲットサンドにかぶり付く間宮の写真。からの、リスのごとく頬を膨らませてこれまた幸せそうに味わう間宮の写真。

「可愛いだろこれ」
「ちょっ……恥ずかしいんスけど、消してくださいよぉ」
「いやだ」

伊集の甘さを含んだ意地悪に、俺も何かと探したが、間宮の趣味が押し出されているのかカッコいい伊集の写真しか持っていなかった。不覚である。

「フランスにいる間、スマホのロック画面とホーム画面にしておこう」
「こらこら伊集さん」
「ふふ」
(クソ〜ッかわいい……!!)

それも先に風呂を済ませた伊集からは風呂上がり特有の良い香り。このまま襲いかかるかと伊集の後ろ姿を見つめ、しかしふと思い止まる。
ーー『後悔』、

(……たしかになぁ……)

たまにはスパイス。
後ろから抱きつくように腕を回すと、案の定驚いたように伊集が振り向いた。そしてすぐに何か言おうとしたその唇を塞いでやる。

「ん、……ッ!? ン、ふっ、んん」

啄んで唇を濡らし、食むようにしてわざと音を立てる。息継ぎで開いた隙間に舌を入れて咥内を擽れば、ひじ掛けを掴む伊集の指先がピクピクと震えた。

「ん、ふぅ……っあ、は……ま、んっんん、んちゅ、ン、っんぐ……ふっ、んむ……ぁ、はあッ……、ぁ、んん……」

舌を抜くと銀糸が伝い、それが途切れないうちに角度を変えては唇を重ねる。
そうして何度か繰り返し、とうとう伊集の手がひじ掛けからずり落ちてされるがままになった頃、間宮はようやく唇を離してやった。ごく、と伊集の喉が鳴るのに合わせて飲み込めなかった唾液が口の端から僅かに溢れる。とはいえ、最中には既に伊集の首筋を伝っていた唾液を見て間宮は微笑した。

「は……っ、ん……」
「……いっぱい飲ませてスミマセン」
「ッ……」

かあっと赤くなる伊集の瞳は微かに熱を帯びて潤んでいる。
ーーあー、もうこのまま……
目を細めるが、いやいや、と踏み止まった間宮は伊集の首筋から口元を袖で拭うと、しつこい口づけから一転、あっさり身を引いた。

「もー、伊集さんが意地悪するからっスよ。けどびっくりしましたよね、スミマセンっ! 俺、風呂入ってきますね」
「あ……ああ、」

にこにこと笑って言えば伊集は頷き、曖昧に許して間宮を見送る。
バスルームに入る前にこっそりと様子を盗み見ると、伊集はどこかぼんやりしながらパソコンのキーを叩く作業に戻っていた。

(まじめ……)

完全にバスルームに消えると服を脱ぎ、それからボクサーが僅かに膨らんでいるのを眺めて苦笑する。

「俺のほうが後悔しそ〜……」

鏡に映る己を見て萎れさせると、間宮は帰国までの日を数えて項垂れた。
歯磨きまで済ませて風呂から上がり部屋に戻ると、伊集はベッドに場所を移して携帯を眺めていた。間宮が近づくと顔を上げて見つめてくるので、そのまま軽く口づけて耳元を擽る。

「ん、」
「大丈夫っスよ、キスだけ……、一緒のベッド入ると我慢できなくなりそうなんで、俺あっちで寝ますね。おやすみなさい」
「……おやすみ」

心なしか名残惜しげな伊集の顔。
後ろ髪を引かれる思いで反対側のベッドに入り、深く布団をかぶってさっさと目を閉じる。
寝よ、早く寝よ。とりあえず寝よ。
寝付きは良い間宮、ものの二分で就寝した後、伊集が三十分は落ち着かなそうに寝返りを打っていたことは知るよしもない。

* * *

ホテル滞在三日目、朝。
間宮と伊集はほとんど同時に起きると、約束通りホテル近くのカフェに赴き、流行りらしい洒落た朝食を堪能して店を出た。
美術館にも立ち寄り、ファッションからスイーツまで、時間の許す限り新しい店をチェックしてホテルに帰る。

「リヴォリのショコラトリー、店は小さいけど美味いし写真映えもしていいな。覚えておこう」
「確かに、特に女性には人気ありそうスよね」

この日は夕食も外で済ませ、一日歩き回った二人は部屋に戻るとすぐに入れ替わりで風呂に入った。初日は踏むのも躊躇した大理石のバスルームにもすっかり耐性がつき、鼻歌混じりにドライヤーをかけて部屋に戻る。
伊集がベッドの上に雑誌を広げているのを覗くと、行ったところにチェックがついていた。追加情報の書き込みまでされ、おまけにそれをパソコンに打ち込んでまとめている。

「まじめ……」
「、……悪かったな」
「えっ何も! 真面目なのは伊集さんのカッコいいとこです」

間宮が熱を持って伝えると、伊集は圧されたのかばつが悪そうに「ありがとう」と呟いた。

「……真面目って、結構つまらない奴って意味で言われることもあるから」
「は? 誰スか言った奴それ」
「いや、お前が怒るなよ……」
「怒りますよ、好きな人の悪口言われたらふつう」

ベッドに乗り上げ、伊集の手元の雑誌を閉じて頬に口づける。

「……伊集さんだって、俺が薄っぺらいとか、頭悪そうとか言われてたら怒ってくれる気がします」
「言われたのか」
「あ、もう怒ってる……ま、言われたことはありますけど」

唇を合わせながら小さく笑った。

「俺のことは伊集さんが褒めてくれるから、全然気にならないし。勝手に言っててって感じ」
「……そうか」

今度は伊集から唇を重ね、

「……間宮のそういうところ、好きだ……」

吐息が触れる距離で囁かれ、ぐらりと理性が揺らぐ。
「俺も好き」と口づけに応えて頭を支え、深く舌を絡ませると伊集の瞳が蕩けていく。

「んん、んっ、ふ、ン……ッ」
「ん、ンぅ……はあ、いずさ……あっ」

はっとして離れ、きょとんとする伊集に「スミマセン」と謝るとベッドを降りた。

「ま」
「これ以上はだめっスよね、俺やっぱり向こうで寝ますから……!! おやすみなさいっ!」
「お、おやすみ……」

間宮の勢いに伊集もぽかんとして、結局二人それぞれのベッドで眠った。
そして同じように一日を終えた四日目の夜、

「ん、ンん……はぁ、」
「はあっ……伊集さん、」
「間宮……」
「おやすみなさいっ」
「お……おやすみ」

五日目、

「あっ間宮、ぁ……んう、んぢゅ……っ、んは……ッ」
「ン、はあッ、あー、も、伊集さんッ……」
「っあ」
「スミマセンでしたっおやすみなさい!」
「お……やすみ、」

やはり深く布団をかぶり、間宮は固く目を瞑った。
ーーキッツい!!!
いろいろ。
唸りたいのを我慢してシーツを握りしめ、間宮は電話口で囁く悪魔の声を思い出した。

ーー『後悔させてやれよ』

「……後悔?」
『キスはいいってんなら毎日してやれば、キッツいやつ……くく、けどお前から手出すなよ』
「な、なんスかそれ……」

自分が伊集にされることを考えて思わず身体を引く。
端的に言って拷問である。

『その気にさせられて、でも従順な間宮くんは手出ししてこない……んでまさか自分で言った手前、手出すわけにもいかねえ。あー、柾貴の奴後悔すんだろうなァ、あんなこと言うんじゃなかったってな』
「で、でもそんなことしたらさすがの伊集さんも怒りますよ……」
『ぶは、あいつが怒るわけねえだろ、言われたこと守ってる間宮くんに。耐久レースだよこんなモン』
「耐久レース……」
『そ……間宮くんが言いつけ破って手出しちゃうか、』

ーー『あいつが我慢できなくなってねだってくるか』

(どえす……)

そもそも莉一なぞに相談したのが間違いだったのだろうが、完全に二人まとめて遊ばれている。
最後の日までこのままだったらどうするべきなのかーーいや、それは大人しく日本に帰ってから心置きなくするべき?
いや、でも、いろいろもつ気がしないんですけど……。
伊集が同じ空間にいるというのに一人でという気にもならない。それは伊集も同じなのではと様子を見て察してはいる。

(伊集さん……)

伊集は向こうのベッドで何を思っているのだろうか。少しは間宮に情欲を駆り立てられているだろうか。しかし真面目な伊集のこと、帰ってからと強い自制心を持っているに違いない。
ル・カルヴェ・パリ滞在も残すところあと三日、果たして。



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