短編集
塔野くんの自然観察同好会日誌
[6/7]


よく見ること。よく知ること。よく考えること。そうしていると楽しくて、毎日新しい発見があった。

「自然観察……」

朝見かけた蝶の種類を調べたくて図書室にいた時、見つけた本に載っていた言葉になるほど、と頷く。
自然観察。いい言葉である。

(つまり僕の趣味は自然観察か)

漠然と好きだった事柄に名前が付くと、何だか立派なことに思えてくる。素晴らしい、と何冊か本を借りて、大満足で図書室を後にした。
三年生にもなると皆受験の話題ばかりで、嫌でも進路のことを考える時期になる。

「自然……自然を学ぶ……研究……? でも別に研究者になりたいわけじゃ……ん〜?」
「水樹、ケーキ食べる?」
「食べる……!」

休日、リビングのテーブルで借りてきた進路書籍を広げて項垂れていると、母が苺のショートケーキを出してくれた。

「いただきます……、すごい、苺おっきい」
「あ、さすが、わかった? ちょっと奮発しちゃった、駅前のケーキ屋さんのやつ」
「美味しい!」
「うん。高校、どこか行きたいとこあった?」
「……うーん」

首を傾げ、隣に置いていた花や昆虫の本に触れた。

「勉強するなら、自然のことがいいけど……でもさ、別に、将来昆虫博士になりたいとか、環境保護する人になりたいとか、考えてるわけじゃないんだよ」
「うん」
「……どうしたらいいのかなあ」
「お母さん、高校は制服が可愛かったところにした」
「……えっ」
「あ、ちょっと、ちゃんと悩んだのよ」

コーヒーをかき混ぜながら苦笑する母に、「そうなんだ」と瞬きする。

「考えすぎて、よくわかんなくなっちゃって。お父さん……水樹はお祖父ちゃんか、ふふ、覚えてないと思うけど、超適当だったのよ。なんでもかんでも、フィーリングだ! フィーリングだ! とか言って」
「フィーリング」
「考えるな、感じろ! みたいな……で、高校一覧の本見ながら全然決められない私に、どこの制服が一番着たいと思うんだとか聞いてきて……」
「……ええ?」
「そ。それでここ、って言ったらきっとそこが一番いいところだ! 間違いない! って。あんまり自信満々だから、なんか私もそんな気がしてきちゃって、結局そこ入ったわ。高校、一番楽しかった」
「へー……」

懐かしそうな顔をした後、だからねえ、と母が笑う。

「いいのよ、別に。そんな難しく考えなくて……将来なんて、考えたって、いつ何がどうなるかわからないんだから。意外と、取り返しがつかないことなんてそう多くないし。例えば、水樹がそこら辺の高校にぽんと入るでしょ」
「うん」
「全然、花とか昆虫の勉強とかしない。普通に国語とか、数学とかだけやって、三年生になって、きっとまた迷うのよ。今度は大学どうしようかな、とか、就職しようかな、とか、何したらいいのかな……、とか」
「うん……」
「でも、例えば、それでサラリーマンになって働いてみて、急によ。急に、やっぱりどうしても昆虫博士になりたい! と思うかもしれない」
「うん……」
「私はね、そしたら水樹は、頑張ってお金貯めて、頑張って勉強して、大学にもう一回行くと思う。きっと」

微笑んでコーヒーを飲む母に、何か、胸のつかえがすとんと落ちた気がした。

「……そうかも」
「そうよ。小さい頃からねえ、いく! やる! って言ったら、私が止めたってピャーッと走ってっちゃうんだから。みーくんは」
「そうかも」
「そうよ」

端に置いていた高校一覧の本を捲る。
一つだけ付箋をつけていた。

「お母さん、ここに行ってみたいんだ。見学」
「ん? いいわよ……ふーん、一時間くらいかしら。通えなくないわね。何か気になったの? 制服?」
「いや、制服はなんでもいいんだけど……これ、部活の話がさ、」

先輩の声、という項目を見せ、何々、と母が読む。

「……へえー、映画が好きすぎて、入学してすぐに同好会から始めて、部活に正式認定! いい話じゃない」
「僕、部活でやりたいことがあるんだ」
「ん? なあに」

一人で何かを感じるのは楽しい。
共有できたら、きっともっと楽しい。
雨上がりの空に感じる希望、小さな体で働く虫の健気さ、濡れた花の香り、季節で変わる星の美しさ。
人の心が動く瞬間。

ないなら作ればいい。

「自然観察!」


- -


「……というわけで、僕は塔野くん協力のもと、自然観察同好会を立ち上げたのでした。ちゃんちゃん」
「……」
「……えっ、まさか寝てる? 塔野くん!」
「いや起きてるわ」

ぱち、ぱちと一応拍手をすれば、春山は笑顔で「ありがとう」と頭を掻いた。

「ちょっと長かったかなあ。ごめんよ」
「……いや……」
「どうかした?」
「……お前も結構……なんつーか、」
「うん」
「…………思ってたより、ふつうの奴だな」

瞬きした春山が笑顔で固まり、それから吹き出した。

「あはは、あはは」
「あ!?」
「あ、ごめん、いや、なんか面白かった」

紅茶を飲んで息を落ち着けた春山が、「うん、」と呟く。

「普通。というか……うーん、一緒? 違うか、うーん、難しいな……まあ、とにかく、僕もそこそこに、いろいろ悩んだこともあるし……そういう自分史があって、今の僕がいるんだよ。そういう意味で、キミと一緒」
「……ま、なんかわかった。……気がする」
「うん! ありがとう」
「……質問」
「お!」

手を挙げた塔野に、春山が嬉しそうにする。

「なんでもどうぞ」
「なんで俺なんだよ」
「……ん?」
「俺じゃなくても、よかっただろ。別に」

同好会、と呟けば、春山は笑みを深めた。

「僕、いい奴が好きなんだよ」
「……あ?」
「助けてくれたじゃないか。猫も僕も……僕知ってたよ、あの時、キミが来てくれるより前から、見てる人がたくさんいたこと。でも、誰も助けてくれなかったよ」
「……」
「塔野くんは、僕が何してるかよくわからないけど、困ってそうだから助けに来てくれたんだろ。塔野くんは優しくていい奴だ。僕の大好きなことができる場所を作るなら、そういう人と一緒にやりたいと思ったんだよ」
「…………」
「寝てる?」
「起きてるっつーの……」

やっぱり普通じゃねえ、と頬杖をつくふりをして赤くなった顔を隠す。
こんな恥ずかしいことをよく本人の前で平然と口に出来るものである。

嫌な気はしないが。

「塔野くんと会えてよかったよ。この学校にしてよかった」
「……それ、卒業する時に言うやつだろ……」
「たしかに。でも本当のことだからさ……卒業の時も言うかも。部活昇格、頑張ろう!」
「昇格目指してんのかよ」
「そりゃそうだよ、同好会だと部費がおりないもの。何かするときは僕の貯金でなんとかするけど、さすがに活動内容に限界が出てくるからね……あ、でも、名前だけ置いてサボりたいだけの人とかはちょっとなあ」
「じゃあ俺だめだろ」
「塔野くんはお願いしたらなんやかんや一緒に来てくれるからいいんだよ、優しいから。困っている人を放っておけないからね! 優しいから!!」
「馬鹿にしてんのかてめー」
「待って暴力は待って」

それに馬鹿にしてない、と春山が塔野を制する。

「塔野くん、優しいから、いろいろ見てるだろ」
「……は?」
「観察眼というか……感受性が強いというか……、そういうのがあるなって。自然観察、きっと好きだと思うんだ」

そう言ってチョコレートを口に放り、一人で納得したように頷く春山に、塔野もチョコレートの包みを開ける。

「……知らねーけど、まあ、しばらくは付き合ってやるよ」
「十分だよ! ありがとう、塔野くん。改めてよろしくね」
「……」
「あれ? 握手だよ、握手。お互いのことを十センチくらいは知った仲だろう!」
「昨日俺のこと一センチしか知らなかったろうが」
「あれ、そうだっけ……まあ、いいよ。はい、握手」

半ば無理矢理手を握られ、仕方なく、一回り小さい手を軽く握り返す。

「今日はもう、お菓子食べたら帰ろうか。残ったジュースとか、塔野くん持っていきたいのあったら持ってっていいよ」
「いらねーよ……つーかこれ、どこから持ってきたんだよ、そもそも」
「お母さんが、同好会設立のお祝いに買ってきてくれたんだ。塔野くんによろしくって言ってた」
「……あそ」
「何か伝言ある?」
「ねーよ……、……じーさん、センスいいって言っとけ」
「……あはは! わかった、喜ぶよきっと」

何が可笑しかったのか、しばらく笑っていた春山に、塔野の口元にもいつの間にか笑みが浮かんでいた。



* 前へ | 次へ #
栞を挟む

6/7ページ

LIST/MAIN/HOME

© 2018 甘やかしたい