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-時刻・午後七時-

水森 時雨(みずもり しぐれ)と、その姉のあいすは、目を疑うような光景を目の当たりにした。
破損したイス、割れた花瓶、蛍光灯も破壊されており、室内は暗い。
誰がこんな事をしたのか、一体何があったのか。
時雨達には、大方予想が付いていた。
五年ほど前から、街では魔物によって民家が荒らされるという事件が増加しているのだ。
大体は物を強奪されるなどで済んでいるが、悪い時は人が殺される。
権力者達は、今も昔もこの現状をどうしようともしない。
報道でいくらその手の話が流れてこようが、まったくもって解決の兆しを見せないのが、おそらくその証拠だろう。
どうやらそれも、同じく五年前に現れた魔王という男への恐怖心から、…という話らしい。
(時雨は見たことがないうえ、見る気がないので何処が怖いのかよく分からないが。
そもそも時雨は魔王というその話題自体が嫌いである。)
話を戻すと、とどのつまり、この惨状は魔物によるものと断定できる。
地下室へと続く扉は開きっぱなしになっており、そこから何か人でないものの足跡が連なっていた。
そもそも地下室になぜ魔物が?という疑問も彼らの頭には浮かんだが、それよりも、"あぁ…うちにも来たか"といった感想しか沸いてこない。
…だがその感想も、悲鳴によって掻き消される事となる。

悲鳴の後、リビングの奥にあるで調理室の辺りで二つの影が動いた。
一つはどうやら、その地下室から上がってきたらしい魔物。
もう一つは、滅多に帰って来ない母親。
母は包丁を持ちながらぶるぶると震えている。
記憶の限りでは、母が魔物と戦闘した所を見たことはない。
二人は合図することもなく、しかしほぼ同時に床を蹴った。
だが足は時雨の方が速く、攻撃が魔物へ届いたのも彼の方が速かった。
その一撃は疾風のごとく魔物を貫き、闇へと葬る。

母は幸い無傷。
時雨達はそれに安堵し、フォルトに返り始める魔物を一瞥する。
暗闇でよく見えない上、解離して原型が判らない。

だがよく考えて見ると、本来物置として使われており、何もいない地下室から魔物が現れるのは可笑しいということになり、二人は地下室の様子を見る為、その扉の奥へと足を向けることとなった。

-同時刻・火鳴邸

「えっ…どういう事?」

火鳴 ひーと(ひなき -)は、父と母の突然の言葉を理解することができなかった。

"ホントの子供じゃないって…。"

自分の記憶…十歳よりも前の記憶がないことは、姉からも聞いていたし、自分でも気付いていた。
けれど、少なくとも両親だけは、本当の親であると信じていた。
…いや、願っていたといったほうが無難であろう。
だがその思いを汲み取れず、無情にも母は続けた。

「…あなたと理美火はお父さんのお兄さんがね、家に来て…」

──バン!

ひーとは、父と母の話を最後まで聞かず、扉を乱暴に開き、家を飛び出した。
母が自分を呼ぶ声が聴こえても振り向かない。
彼の頭の中は真っ白だった。

"それじゃあボクは誰の子供なの? それに、ボクはこんな話が聞きたかった訳じゃないのに…!"

そう、彼が聞きたかったことは、こんなことではなかった。
二人は病院勤めで、帰りが遅い上、休みが滅多に取れない。
姉は、学園には顔を出すが、家にはあまり顔を出さない。
そもそもの話、姉は長期休みになると、「いい子にしてるんだぞ」と言い残して家を空けてしまう。
そうなれば長期休み中の彼は遅くまで、酷いときは何週間も、屋敷で独りなのだ。

次の休みはいつなのか、折角の秋休みなのだから家族で何処かへ行きたい。
そんな気持ちで胸を一杯にして、両親の帰りを待っていた彼だが、帰ってきて早々言われたのがあの言葉だ。
街の中央にある広場まで走り、俯いて溜め息を吐く。
溜め息と言うよりは落胆だろうか。

"これから、どうしたらいいんだろう…。"

途方に暮れるひーと。
何の考えも無しに家を飛び出したが故、何も持っていない。
幸いにも、両親は今夜も夜勤で、八時半には家を出る。
だがその間、何処にいれば良いのか判らないのだ。

"…時雨の所なら、拾ってくれるかな…。"

行く宛が無いわけではなかった。
同じく親が不在そうな人物の家を目指すため、そちらへ足を向ける。
だが向いた目の前は、三体の…鳥の体をした魔物が道を塞いでいた。

"え…、街に魔物…?"

彼は一瞬たじろぐが、すぐに身構える。
しかしその刹那、後頭部を何か固いもので殴り付けられたような衝撃が走る。
彼は背後に立つ四人目に気が付かなかったのだ。
前へと倒れ込み、薄れつつある意識の中、誰かが話す声を聴いた。

「こいつを地下へ連れていくのデース!」

その後、体が浮いたような感覚に襲われたのを最後に、彼の意識は途切れた。




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