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-同時刻・伊集院邸-

伊集院 桃花(いじゅういん ももか)は、相棒のモンスター、ビスカスと共に、薙刀の稽古に励んでいた。
一休みをしていると、中庭のほうから"バタン!!"と音がする。

"なんだろう"

そう思い、中庭へ出ようと廊下へ向かう。
が、戸に手を掛けようとしたとたんに戸が開き、魔物が飛び込んでくる。

「桃花さん危なーい!」

そう言いながら走り、魔物へタックルを食らわせるビスカス。

「ありがとう、ナイスよビスカス!これでも食らいなさい!!」

ビスカスが退いた後に、間髪入れず斬りかかる桃花。
何とかそいつを仕留め、一つ息を吐く。

"一体、どうして家の中に魔物が…。"

魔物が増えているとはいえ、やはり魔物が家の中に居ることはおかしい。
そもそもこの家は、何かに侵入を許すほど、緩い作りにはなっていないのだ。
とにかく原因を探ろうと、稽古場から渡り廊下へ出る。
するとそこには黒い煙が充満しており、見通しが悪い上、薄気味悪い魔物達の眼が、煙の向こうに無数存在していた。
親は会議で出ており、ここには桃花とビスカスしかいない。
この数は、流石に一人と一匹でも捌けないだろう。

「とりあえず逃げるよ、ビスカス。」

あとから出てきて驚愕するビスカスにそう告げ、彼女は早足で出口へと向かった。


-同時刻・水ノ宮邸-

水ノ宮 冷音(みずのみや れおん)は、外の異変に気づいた。
先程まで白に近かった月が、赤くなり始めたのだ。
目の錯覚でもなく、月蝕の時期にも早い。
明日が猛暑と言うわけでもなかったが、月は今、紅を湛えていた。

"お義母さんが亡くなった日の月に似てる…。"

彼の心に大きな傷をつけた、五年前の惨劇…。
幼かった妹はその魔物に連れ去られて、戻っては来たが本国へ返された。
姉は、生活は出来るものの、その身に受けた呪いによって、不自由を強いられている。
その時の魔物は、義父が実験で作り上げたホムンクルス。
ホムンクルスと言っても程度の低いもので、人語を解さない魔物に人工知能を植え付けるというようなものだ。

だが義父は自ら考えたその技術を慢心していた。
…その結果の暴走、ということなのだが。
その父は、未だに地下室で不毛な実験を続けている。
血が繋がっていないとはいえ、息子である彼を被験者にしながら。
この事実を、冷音は他言にしない。

言わないようにと言われているからというのもあるが、言ったら何をされるかわからない、周りにどう思われるかもわからないという不安もあり、未だ打ち明けるに至っていないと言う方が正しい。
足元の黒猫が、"にゃあ"とひと鳴きした。
いつかはバレるぞと言われているような気がした。

「…わかってるよ。」

冷音はそう呟くように言うと、黒猫の頭をひと撫でする。
ふと、下の部屋でガシャンと何かが壊れたような音がした。
降りてみると、1体の魔物が立っていた。
牛の頭に人の体をした青い皮膚の、がたいの良い魔物だ。
そいつは、こちらにギョロリと眼を向ける。

「…知ってる?…ぼく、魔物…嫌いなんだ。消えて…?」

冷音は、スッと鎖鎌を構えた。
魔物は、いきな現れたその少年に少し驚いた表情を見せたが、やがてニヤリと嫌な笑みを浮かべて言った。

「ホウ…子供ガ武器ヲ構エテ…俺様ヲ倒セルトデモ思ッテイルノカ?…面白イ…ヤッテ見ロ…。」

魔物は、挑発するように、出したナイフを舐め回した。
何処から入ったかわからないこの魔物からは、血の匂いが漂っている。
どうやら、此処に来る前に何人もの人を殺めているようだ。
手加減は要らないだろう。

「…ぼく、喋る魔物、もっと嫌い。」

冷たく、感情のない声が響く。
次の瞬間、彼の鎖鎌は弧を描き魔物を腹部から真っ二つに引き裂いた。
一瞬何が起こったのかわからずに目を見開き、グオオオオと呻き声を上げて床へ崩れ落ちる魔物。

「ソノ、力(ちから)、キサマ…。」

上半身のみで呻き、魔物は憎々しげに彼を睨み付けた。
それを冷たく一瞥し、冷音は呟く。

「…言ったでしょ…消えてって。」

魔物はもう一度何かを言おうと口を開くが、声も出せずに事切れる。
完全に消滅したところを見届けると、彼は階段を登り、三階の屋根へと向かった。
月は未だ、紅いままだった。




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