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-ナイトメア帝国・ルイーザリ城の廊下にて-

「……(くっ……宰相殿に頂いたものまで使って、あのような子供に負かされるとは……我ながら情けない……)」

紫紺の焔が灯った廊下を、黒甲冑を着こんだ騎士が一人うなだれて歩いている。
どうやら彼、ラザフォードは特別宰相に、先の作戦において“水森 時雨に敗北したこと”、“あまつさえその水森 時雨の捕縛に失敗したこと”、“その上連れて行った大半の魔物に逃げられてしまったこと”をこってりと絞られた後らしく、その表情は悔しげに歪んでいた。

「あれ〜?ラザニア君ってば随分と暗い顔してるねぇ。どうかしたの?」

そこに、対面から歩いてきた、藍色の髪をした青年が話しかける。
青年は顔の半分に白い仮面をしており、その袖なしの燕尾服のようなものを羽織った風貌は胡散臭い。

「……“少佐殿”か。というよりもラザニアと呼ぶのをやめていただきたいところだが」

「うっわ声のトーンひっくいなぁ……。何?もしかして任務でも失敗しちゃった?」

両者立ち止まって会話を始める。
かなり参った様子のラザフォードに、藍色の髪の青年は少々心配げに、右往左往しながら問う。

「……子供に負けた」

「わぁ。」

「……これで子供に負けるのは……三度目だ」

そう、ラザフォードが子供に負けるのは三度目である。
一度目は、入団試験の際にトーナメントでかち合った少年。彼は今や第一帝団で仕事をしているらしいが、城内で見かけた事はない。
その時は気が沈むことはなかった。
磁術を巧みに使った体術を使いこなす彼と、何も持たないラザフォードとでは、それ程までに圧倒的な実力差だったのだ。
二度目は現第三帝団の副官を務める少年。
その当時、彼はかなり気が沈んだようだ。
尤も、第三帝団の副官であるその少年は、有名な傭兵団の頭目とも噂されている存在であり、もし対等な体格や年齢であったとしても、本来一般的より少し戦闘力がある程度の人間であるラザフォードの勝率は低い。

「まあ最近の若い子は強いからねぇ、一体どう鍛えてるんだか。ともかく、そんなに気にすることもないんじゃない?」

「そうはいかない、私が目指すべき場所はもっと上なのだ。それに、特別宰相様から貰い受けた石の力を使ったのにも関わらず、俺は負けたんだ。」

「……そうかい?まあ頑張りたいんならオレは止めないけど。(……上がれるかどうかはさておき。)」

この軍の階級は、そう簡単にあげられるものではなく、その働きと強さによって評価され、昇級する。
ラザフォードの階級は現在兵長であり、彼の所属している第五帝団の一般兵を取りまとめる役職である。
彼は、第五帝団の第五席に憧れ、ゆくゆくは将校になりたいと望んで入隊したのだが、22歳に入隊して五年経った今でも、その階級は伸び悩んでいる。
そもそも目の前で話をしている”少佐”は20歳という若さであり、そこもラザフォードのコンプレックスとなっていた。
……尤も、少佐の彼は、ラザフォードよりも長くこの軍に所属しており、実力も高い。
ラザフォードの記憶では、そもそも外見すら初めから20のまま止まっており、その頃も少佐でいたと記憶している。
この軍で、外見の年齢が全く変わらない人物というのは珍しいことではないが、少佐の彼があれだけの強さで上に上がれないということはどういう事なのかと疑問に思わざるを得なかった。
“オレは態と上がらないんだよ“と前に言っていたが、ラザフォードにはその真偽もわからない。
結局、彼は制度に不満があるのだ。
少佐の彼はそんなラザフォードの事を、冷静な様子で見ていた。
確かにまあまあ実力はあるが、彼が昇進するとなるとさらに時間を要するのではないかと。
そもそもこの軍には、若くして実力のある人員が多く在籍している。
各帝団を纏めている“七帝刄”も、階級は将校だが、ほとんどが十代だ。
それというのも、彼らがその年齢にしては考えられない数の修羅場をくぐりぬけている所為というのもあるのだが、だとしても、大の大人が子供に負けるというのは、かなりプライドに関わる事案だろう。
そこに関しては、青年も理解していた。

「ていうかあの石もまだテスト段階のタイプ4だし、そういうこともあるのかもよ?」

それゆえに、そう助け舟を出した。
あの石が不良品だったのでは?と。
事実、石は特別宰相が研究中かつ、改良を検討しているものだ。
そうはいっても、それを使わなくても勝てるようになってほしいんだけど、という言葉は飲み込みつつ、青年はラザフォードの言葉を待つ。

「いや……そうだとしても、今回の相手は、一般の子供とは思えないような相手だった……、我が軍の所属や、他の国の軍の所属ならまだしも、普通の子供にしてはあり得ない。
特別宰相様も、「石を使っておきながら負けるなどありえない」と仰っていたし、もちろんあの子供以外は小枝を折るも同然な感覚だった。
……あの子供がおかしいんだ。」

考え込むラザフォード。
少し興味を示したように、青年は小首を傾げる。

「ふーん?……ちょっと会ってみたい気もするかもね。ちなみにどんな技使ってきた?」

「風属性と雷属性の混合剣術で……刀を使っていた」

「刀、刀ね……(風と雷属性で刀……うーん、なんか引っかかるんだけど何だったかな……思い出せない……昔知り合いに、そんな感じの子がいたような……?)」

何か考えるような様子で青年は首をひねる。
青年はどうやら何かを忘れているらしい。

「……少佐殿?」

「ん?ああ、何でもない何でもない。(……まあ、また今度考えればいいかな。)いやー、ダメだね、最近物忘れがひどくってさぁ。」

ラザフォードが少し心配げに声を掛けると、青年は、“はっはっはー”と笑い飛ばす。

「おっと……じゃ、オレもそろそろ任務だから。」

徐に取り出した懐中時計を開き、時間を確認すると、そう言って、ひらひらと右手を振りながら立ち去ろうとする青年。

「……少佐殿。」

「んー?」

声を掛けられて振り向く青年。
その表情はきつねのように目を細め、うっすらと笑っているように見える。

「もし出会ったのなら、気を付けるといい。もっとも、少佐殿の強さならば私のように負けることはないだろうが。」

「はいはーい、ちなみにその子のお名前は?」

「水森 時雨だ。」

「ふむふむ、水森 時雨君ね。記憶しておくよ。忘れちゃうかもしれないけど。」

青年はそう笑うと、廊下の奥へと姿を消した。





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