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‐遁走明けの日常‐

東の洞窟での騒動から一日後。
外から鳥のさえずりが聞こえる午後の火鳴邸。
俺は新聞を読みながら紅茶を飲んでいる。
結論から言うと、冷音の術式は成功した。
遁走術式と言うらしいその術は、俺たちを一定距離範囲にある出入口へワープさせてくれるもので、瞬間転送術式と同じく、使用が緊急時のみという限定的なものであった為に、廃止されたものだったらしい。
……まあ、普通に生きてたら洞窟に危うく生き埋めになるとか、そういうダンジョンに向かわなきゃいけないとかって基本的にないから、廃止って言うか廃れたんだろうなという感じがある。
本当に冷音が術式オタクで良かった。
マジで生き埋めになって死ぬところだったからな、あれ。

転移が成功した直後、目の前で洞窟の入り口が崩落した辺り、かなりタッチの差だっただろう。
全員の無事を確認し、喜びで抱き合ったりしてる奴らも居たくらいだ。
正しく九死に一生としか言いようがない。

翼「おや、紅茶ですか?いいですねぇ。僕も貰っていいですか?」

雨「……セルフサービスだ」

翼「なら勝手に貰いますよ。」

生還の余韻に浸っていると、諸々の報告を終えたらしい翼が、テーブルを覗き込んでから向かいに座った。
今回東の洞窟が崩落した件は、きちんと騎士団に話が行ったらしく、ゴールドグレードの道具屋のおっさんから、「あの子達が巻き込まれたかもしれない」と連絡を受けた騎士が聞き込みをしていた。
そこに、丁度俺達が帰って来て、説明が上手い翼が報告を買って出てくれたのだ。

「子供達だけで得体の知れない話のある洞窟に挑むなんて、死んでしまったらどうするんだ!!!」

と褪せた金髪の男性騎士に烈火の如く叱られたが、薄橙色の髪の男性騎士が、

「まあまあ、無事に帰ってきたんだから良いじゃねえの。」

と宥めてくれた。
……あの二人、どこかで見たような気がするんだが……どこだったか……。
おかしいな……人の顔を覚えるのはそこそこ自信あったんだが……。
特に褪せた金髪の騎士の方は左右で目の色が違ったし、そんな印象的な特徴なんて忘れるわけがないんだ……。
というか、騎士団がもう少し警備をちゃんとしておいてくれれば、俺達が東の洞窟に行く必要は無かったのでは……?

翼「まとめて話しておきましたよ。警備ももう少しちゃんとした方が良いって。」

どうやら俺が言う前に翼が言ってくれたらしい。
まあ、刑務所がまるっと魔王軍に乗っ取られたり、街の近くに謎の施設作られてたりする体たらくなわけだから、それくらい言われるのは甘んじて受け入れてほしいな。

翼「あまりやんちゃをするんじゃないって言われましたね。……あの人が側にいるんじゃ無理でしょうけど。」

庭でひーとと追いかけっこをしている龍斗を見ながら、翼は首を振った。
まあ、そうだな……俺もずっとこの街にいるつもりはないしな。

翼「……で、次はどこに行くか決めたんですか?」

雨「次……そういや決めてないな……。」

翼「全く……なんでそう行き当たりばったりなんですか。」

呆れられてしまった。
まあ、東の洞窟行く前の段階で話は振られてたのに、結局考えてないんだから、言われても仕方ないんだが……。
俺は多分、目的地を決めるのが苦手なのかもしれなかった。
元々一人で逃避行するつもりだったこともあるが。

翼「僕としては、やっぱり首都を経由して楼閣都市に行くことをお勧めしますけど。」

逃げるにしろ向かうにしろ、情報を集めろと言いたいらしい。
まあ、理には適っている。
……ただ、個人的に、ラグスティールにはあまり近づきたくないような、そんな気がしている。
恐らく気分の問題なので、大した理由ではないが。

翼「……ま、好きにしたらいいんですよ。どうせ何処に行こうとしても龍斗さんは行くでしょうし、そしたら僕はついていくしかありませんからね。」

そう言って、翼は紅茶を啜る。
……まあ、行き渋ってても仕方ないし、一回くらいなら行ってみてもいいかもしれないか。
そう考えると、あのハヅキって奴にもう少し情報を吐いてもらっておくべきだったかもしれない。
戦闘の後とか……前とか。
……そういえば、気になることがあったのを忘れていた。

雨「……翼、お前なんであの時“じゃんけんで決めよう”なんて言い出したんだ?」

翼「あぁ、あれですか。そりゃあ勿論、僕が作戦立てをするってバレたら面倒だったのもありますけど、時雨か理美火さんのどっちかが反応してくれると思ってのことですよ。」

……やっぱりだ。
俺と理美火の参戦は翼の計算内……いや、多分あの戦闘における前提条件だったんだろう。

翼「まあ、作戦会議が若干長引いたのが悔いですが、最終的にはお二人が手を挙げてくれたのでよかったです。
それに、あの無駄に駆動の速い術式を相手が使用してきた時点で、冷音君の実力を測りたがるのは分かってましたからね。」

雨「……お前、あの術式知ってたのか」

翼「いや、冷音君ほどは知りませんよ。昔適当に手に取った図書室の本に、たまたま廃止されて使われてない術式の事が載っていただけです。
恐らく、冷音君なら術式の駆動時間と効果から、大体何の術か絞り込めるでしょうし、まだ掛けられる危険があるのに共有しないほど愚かな子でもない。だからちゃんと皆さんにその場で共有するかなーと思ったんです。
そしてそんなコアな術式を知る術者……あのハヅキって少年が見逃すとは思えない。
あんなにボーキサイトと自分の棍について語ってた人なら、そんなコアな術式を知ってる人の実力とか、測りたがりそうじゃないですか。」

“ま、僕は転移させられた側なので、合流前の事は単なる予想でしかないですが”と付け加える。
……その予想がぴったり合っているから困るんだが……。

翼「いやぁ、僕の独断と偏見が当たっててくれて助かりました。好奇心旺盛な人じゃなかったら、あそこまですんなりは行かなかったと思うんですよ、あれ。」

あれは意外と結構な賭けだったらしく、その賭けに勝った翼は満足げだ。
その賭けに乗せられた俺達もまた、ほぼ翼の掌の上みたいなもんだったわけだが……マジで敵に回したくねぇこいつ。

翼「でも、次はそう易々とどうにかできるとも限りません。……だから情報が必要なんですよ。情報は“武器”ですからね。」

紅茶を飲み干し、翼が席を立った。

翼「紅茶、ごちそうさまでした。相変わらずいい茶葉ですね。」

そう笑って、彼は部屋を退出する。
情報は“武器”、か。
学園でも情報通で通ってる翼が言うと、重みが違う気がするな。
……なんか含みもあった気もするけど。
……それにしてもあいつ、何でこの紅茶の茶葉が、実家から持って来た俺の私物だって判ったんだ……?
いや、まあ一回うちに来た時に出したことはあったけど……それもかなり前のはずだ。
記憶力どうなってんだあいつ……。

       ***

……結局、首都のラグスティールと楼閣都市以外に良い案が出なかったので、次の行き先はラグスティールに決定した。
聖來は薬の成分の解析をしてもらうために薬剤師を探すと言っていたが、冥界の薬に詳しいような薬剤師は地上にはいないだろうと、道具屋の店主に言われていた。
それならリオール先生を探そうという話になり、結局旅についてくることになった。
リオール先生は、うちの学園の教師の内の一人で、中・高等部寮の管理人二人の内の一人だ。
寮を丸ごとどこかに転移させた疑惑のある人物でもある。
通り名が“賢者”である為、薬の成分も解析できるだろうという推測だが、そんな暫定冥界の薬を頼るほど状態が悪化しているのなら、もっと急いだほうがいいんじゃないかとも思えてきたな……。
聖來が貨物馬車を脅かしていた件の謝罪に行ったついでに訊いてみただけだったのに、割と親身になって教えてくれた店主には感謝しかないな。

ラグスティールに向かうという話になった時、あいすがやや不安そうな顔をしていたが、結局何も言わなかったので、聞き出すこともできなかった。
俺の気の進まなさと関係しているのか、それとも全く関係ないのか、少し気になるところだが……。
……気にしても仕方ないか。

俺の遁走の日常はいつ終わりを迎えるんだろう。
逆に向かって行ってる気もするが……まあ、なるようにしかならない、か。













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