#21

「――キラ・ヤマト?」
C.E.71―宇宙要塞“ヤキン・ドゥーエ”
地球連合による『エルビス作戦』の発動に伴い、招集されたザフトの若き指揮官ジーク・エアリスは、目の前の男に訝しげな視線を向けた。
同じ白い軍服を身に纏った男は、無機質な仮面で顔の半分を隠していた。唯一見えている唇に不敵な笑みを浮かべて頷く。
「ああ。奪取された新型機フリーダム…そのパイロットの名だ」
「モビルスーツの中身なんて、興味ない」
ジークは不機嫌そうに言い捨てた。
「話はそれだけか?クルーゼ。俺、あんたとこうして立ち話をしている時間も惜しいんだ」
つい2日前、宇宙要塞“ボアズ”に核攻撃を受けたザフトの緊張は極限に高まっていた。激化する戦況で自身の部隊にも犠牲が出ている。プラントの最終防衛ラインとなる“ヤキン・ドゥーエ”の防衛に向けて体制を整えたい今、こうして雑談に興じる余裕は無かった。
常に最前線に投入されるジークの焦りは、他の部隊の者より切実だった。
この非常事態で興奮が極限状態の番犬たちの手綱を握るのは容易なことではない。自分がひとつ采配を間違えるだけで、部隊の全滅すらありえるのだ。
そんなジークの心情を知ってか知らずか、男―ラウ・ル・クルーゼは表情を変えずに淡々と言葉を紡ぐ。
「キラ・ヤマト…彼は、“スーパーコーディネーター”だよ」
「スーパーコーディネーター?」
ジークは聞き覚えのあるその名に眉を寄せ、記憶を探りはじめた。
あれは確か“ヴァルハラ”に居たときだ。自分を担当する研究員たちがしていた噂話……
G.A.R.M. R&D社が、身体、頭脳ともに極限まで高めた生命体を人工子宮で作りだしたと。
「メンデルの最高傑作、最高のコーディネーターさ」
「最高の…」
途端に、ジークの黒い瞳に好奇心が宿る。
「それって、俺とどっちが強いんだろうな」
“ヴァルハラ計画”の成功体とされた番犬と、遺伝子研究の全ての技術と夢を詰め込んだ最高の人間。奇しくも2人が同じ戦場に揃うというのなら、これ程興味をそそられるものは無い。
「キラ・ヤマト…そいつ、あんたの獲物なのか?」
クルーゼは「いや」と肩を竦めてみせた。
「私は彼だけに固執しているわけではないからね」
「じゃあ、俺が先に殺しても文句はないな」
自分をわざわざ呼び付けてこの話をするということは、そういうことなのだろう。
胸に湧き上がる未知数の力への好奇心。だが、直後にザラついた感情がそれを上書きしていく。
「君が退治してくれるなら、ストーリーとしては面白い」
そう言った声音には、明らかに揶揄するような響きがあった。まるで、自の手のひらの上で踊っている人間を見て楽しんでいるかのようだ。
ザラついた感情の正体が、目の前の男の思惑通りに動かされることへの反抗心だと気付いた瞬間、ジークは強い不快感を覚えた。
「俺は、あんたの物語の登場人物じゃないぞ。あんたの筋書き通り動くつもりもない」
強い拒絶の意志を込めて睨む。
「最高のコーディネーターに興味はあるが、この戦況…核の脅威が迫っている今、俺が優先させるべきは本国の防衛だ」
そう言うと、彼は口角をつりあげた。真意が読めないその不気味な笑みがジークは嫌いだった。
「俺は与えられた役割を果たす。その時、キラ・ヤマトが邪魔になるというなら喜んで戦おう」
「流石だな」
息が詰まるような空間に、ぱちぱちと手を打つ音が響いた。
流石だ。素晴らしい。わざとらしく拍手をして賞賛の言葉を吐く男に、ジークはさらに苛立ちをあらわにした。
「よく躾けられた番犬だ。自らの存在に疑問を持たず、抗う牙も抜かれたか」
「あのな、クルーゼ。俺は番犬の群れを束ねる立場だ…背負うものがある。あんたみたいに身軽じゃねぇんだよ」
吐き捨てるように言い放つ。
「あんたとは、違う」