アーシェは唖然として空を仰ぎ見ていた。
「なに…あれは…?」
マルマラ海の入り口、ダーダネルス海峡。
想定通り始まった戦闘。
連合側の先陣をきって攻撃を始めたオーブ軍を、ミネルバは“セイバー”、“インパルス”、“フリッグ”の3機を投入して迎え撃っていた。
オーブ軍を矢面に立たせて連合の艦隊は後ろで悠々と控えている。いつ敵が全機投入してきてもいいように初めは戦力を分散する必要があるというのが、タリアの作戦だった。
オーブ軍のモビルスーツだけなら、3機で抑えられる。
そう思っていた…
ミネルバの艦首砲がオーブ軍の戦艦に標準を合わせた時、突如空から放たれたビームが艦首砲を貫いた。ミネルバが大きく傾き、黒煙をあげながら海へ下降していった。
アーシェは唇を噛み締めて、上空を睨んだ。
太陽を背に舞い降りてくる白いモビルスーツ。
羽を広げて降り立つその姿は天使にも見えた。だが、ミネルバに攻撃してきた以上そんな優しいものでは無いだろう。
アーシェは忌々しそうに呟く。
「どこの部隊よ…こんなこと…」
突然の乱入者に、オーブ軍側も動きを止めていた。敵機の反応からみても、どうやら連合の機体でもないようだ。
白い不明機の後方から、白い戦艦がこちらへ向かって来るのが見えた。同じく見慣れない戦艦だった。
その戦艦から、さらにモビルスーツが射出される。
淡紅色の機体。
《オーブ軍!直ちに戦闘を停止せよ!》
両軍が呆然と動きを止めたその場に、機体から声が響いた。
《私はオーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハだ!》
「アスハ…?」
アーシェは目を見張った。
カガリ・ユラ・アスハ。オーブの代表の名だ。確か彼女は行方を眩ませていたはずではないのか。
何故急にこんな戦場に現れる…?
《その名において命ずる!オーブ軍は、理念にそぐわぬこの戦闘を直ちに停止し、軍を退け!》
《――上空の不明機、ならびに所属不明艦に告げる!貴艦らを、我が国の国家元首を名乗り戦線を撹乱しようとするものと見なし、敵性勢力として排除する!》
オーブ軍の指揮官の怒声が、回線を通じて全軍に響いた。
「なんだ、この茶番は…」
“フェンリル”のコックピットで戦況を見つめていたジークは、首を左右に傾けて鳴らす。
ハイネの“グフ”と回線を繋ぐ。
「おい、ハイネ。もういいだろ」
突如現れたオーブの代表を名乗る人物の乱入で、オーブ軍は動きを止めていた。
ハイネとジークは動きがあるまで待機することになっていたが、流石にこの期に及んで素直に撤退してくれるとは思えなかった。
モニターに映ったハイネも同じ考えだったようで、神妙な面持ちで応える。
《ああ、行こう》
2人が大きく頷きあった時、ちょうど管制からの指示が入る。
《“グフイグナイテッド”、“フェンリル”、“ザク”順に発進してください!》
再びオーブ軍が動き出したのだ。
それみたことか、とジークの頭に皮肉めいた言葉が過る。
本物なのかは分からないが、これ以上オーブのお姫様の戯言に付き合ってる暇はない。
警報がけたたましく鳴り響くなか、機体をカタパルトへ進める。
先程の艦首砲への攻撃で、ただでさえ数で不利なミネルバが置かれた状況は一層厳しいものになった。爆発の規模から考えると、何人かのミネルバのクルーが犠牲になっているだろう。
数時間前までは「オーブに恨みはない」とむしろその境遇に同情めいた感情を持っていたが、こちらに犠牲が出たとなれば話は別だ。
闇雲に戦場を混乱させるだけのオーブの代表に苛立ちを覚えた。
こうなることも覚悟しての同盟ではないのか。国から離れていた身で、今更モビルスーツから和平を叫ぶことで事態が解決するとでも本気で思っているのだろうか。
それだけで世界が平和になるのなら、自分達はこんなに苦労しない。
眩いオレンジの機体に続いて、ミネルバから“フェンリル”が飛び立った。
再び戦闘を始めた両軍を、呆然と眺めるように空に浮かんだ“ストライクルージュ”を横目で見て、ジークは辛辣の表情で吐き捨てた。
「モビルスーツは、“そんな使い方”をする為の物じゃねぇよ」
少なくとも自分にとっては、それは敵を討つための力だ。それを見せつけながら平和を叫んだところで、誰が素直に聞くのだろう。
ジークは向かって来る“アストレイ”と“ムラサメ”をたて続けに撃墜して、混戦状態となった海上を冷たく見下した。