――“獣の勘”というものは当たるらしい。
アーシェは顔を凍りつかせて、自身の上官の言葉を思い出していた。
『そこ、何か嫌な感じがするんだよ』
アーシェは、突如床に崩れ落ちるように倒れたレイの肩を抱えていた。胸を抑えて喘ぐレイの額から、大量の汗が吹き出る。
「レイ!?どうしたの…!ねぇ、レイ…!」
彼は浅い息を繰り返すばかりで、何も答えられない。
普段冷静な彼の尋常じゃない雰囲気に、アーシェも取り乱していた。
“嫌な感じ”どころでは無い。
ここは、人間の邪悪を詰め込んだ場所だ…
エーゲ海から海岸線を沿って進むと見えてくる山脈の麓に、今回の任務の目的地はあった。
人家や農耕地からも離れた森の中に、突如現れた開けた土地に古びた施設が立ち並んでいた。アスファルトの地面も、施設の壁も所々ひび割れが目立つ。情報通り、廃墟となった施設なのだろう。
シンのいう通り、“退屈な任務”なのかもしれない。一瞬でも過ぎった甘い考えに、その後アーシェは後悔することになる。
地下に降りると、空間に立ち込める鉄の臭いが鼻についた。顔を顰めて地下の部屋に立ち入った瞬間、突然先を進んでいたレイが床に膝を付いた。
驚愕して彼のもとに駆け寄ったアーシェは、目の前に広がる光景に声にならない悲鳴をあげた。
水槽のような装置が壁一面に並んだ光景。ショーケースのようなそれの中身は、子供だった――
呆然とするアーシェの意識を、シンが叫んで呼び戻した。
「アーシェ!一度出よう!」
シンがアーシェの反対側に回り込み、レイの身体に手を回す。
「レイッ…!立てるか!?」
顔を歪めるレイを引き起こして、シンとアーシェは外へと急ぐ。
レイがいれば任務は大丈夫だと、頼りにしていた人物の突然の異変に、シンとアーシェは動揺して泣きそうだった。
地下に何かガスや細菌のような物が充満していたのか、レイが何か病気なのかは分からない。ただ、彼を早くここから連れ出してミネルバに戻らなければと、必死だった。
地上へ繋がる階段を上がりながら、アーシェは先程の光景を思い出した。
一瞬見ただけで分かった。何故、ジークが直感的に「嫌な場所」だと感じたのか…
あれは、自分たちと同じ生き物だ。