だから嫌だったんだよ…
ジークは自身の勘の鋭さを恨めしく思いながら、目の前の光景を眺める。
暗い地下に漂うカビ臭さと血の臭い、微かに感じる薬品臭は、ジークの遠い記憶を呼び起こした。
臆することなく歩を進めると、さらに臭いは強くなる。肉が腐敗する強烈な臭いが鼻を刺した。
ジークは顔を顰めて辺りを見回す。
一方には幼い子供たちが折り重なって死んでいた。その細い手足は不自然な角度に折れ曲がっている。
また少し視線を動かせば白衣姿の男。片目だけ抉りとられ、残った目が虚ろにこちらを見つめていた。
「――ちょっと、調査完了の報告前に入らないでよ」
背後からタリアの咎める声がした。
地下室の入り口から彼女は睨む。後ろにはアーサーとアスランが硬い表情で控えていた。
「軽率よ。バイオハザードの類いだったらどうするの…」
彼女の厳しい口調は、ジークの身体を心配しての忠告だった。
連合の施設の探索任務に出かけたシン達からミネルバに緊急通信が入ったのは数時間前のこと。「レイが倒れた」と焦った様子のシンに、タリアは直ぐにミネルバを現地に向かわせた。
幸いレイの異変は一時的なもので、シンとアーシェにも異常はなかった。念の為、施設内の予備調査が終わるまでは待機するようにと彼には伝えていたはずなのに…
タリアは不満げに目の前の青年の後ろ姿を見つめる。
「大丈夫です」とジークは抑揚のない声で答えた。
「ある程度のものなら、抗体が出来てますから」
タリアは眉を寄せる。
彼女が1歩踏み出したとき、後ろでアーサーが悲鳴を上げた。
彼が持つライトが照らし出したのは、また別の子供の死体。
それぞれ辺りを照らしながら、部屋の奥へと進んだ。既に乾いた血で赤く染まった床を踏みしめて歩く。死体の腐敗状況をみると、事が起こってからまだ日が経っていないことが分かる。
「何なんですか…!此処は…!」
アーサーが震える声で言った。
「外部からの襲撃にあった、というわけではないのでしょうね…」
タリアは込み上げるものを抑えるように、口を覆った。
周囲に転がる死体は皆、それぞれ武器を手にしていた。拳銃やナイフ、咄嗟に手に取ったのであろう手術用のメス。割れたガラスの破片を握りしめる子供もいる。
殺し合いをしたのだということは、容易に推察出来た。
「自爆しようとしていたのね」
タリアが手にしたライトで部屋の奥を指し示した。白衣の男が自爆装置に手をかけたまま息絶えていた。押す寸前で絶命したのだろう。
「自らでこの場所を廃棄するつもりだったのか…」
アスランが低く唸る。
「どうしてこんな、むごいことを…」
ジークは当時の状況を慮った。
恐らく、この子供たちは最期に抵抗してみせたのだろう。自分達を勝手に作り出しておいて勝手な都合で廃棄しようとする大人たちに…
部屋を取り囲むように設置された、長い水槽の様なケースを見上げた。
ホルマリン漬けにされた子供たちの光の無い瞳が、こちらを見下ろしていた。
ふと、その中の一人にジークの視線が止まる。
膝を抱えるようにして浮かぶ少年。
年は10才前後といったところだろうか。
ケースの中で黒髪が揺れる。
虚ろに開かれた幼い瞳は、自分と同じ黒色だった。