――ステラ・ルーシェは損失扱いとする
基地司令部から送られてきた短い通信文を、ネオはいつまでも見つめていた。
“損失”
最期まで彼女は人間として扱われないのだ。
ネオは仮面で隠したその顔を歪ませる。
「俺が、ステラの前で研究所の話をしてしまったばかりに…」
ロドニアの研究所がザフトに見つかった。基地司令部から派遣されていた将校からそう告げられたのは、昨日のことだ。
ネオ達の話を近くに居たステラは聞いていたのだ。ステラには分からないだろうと、油断していた。
自責の念にかられるネオの頭にもう一人の少女の顔が浮かぶ。
自分を軽蔑するように睨んだオッドアイの瞳…フィーネは、ステラを見捨てた自分を恨んだだろう。彼女は誰よりもステラを可愛がり、ステラもまた彼女に懐いていた。その姿は本当の姉妹のようで、ネオは微笑ましく思っていた。
だが、あの時フィーネまで出して犠牲にするわけにはいかなかったのだ。
ダーダネルスでの戦闘で“フリーダム”の攻撃を受けた“アレウス”はまだ修理途中だった。そんな状態で敵軍の戦力が分からない中に放り込むことなど、出来るわけがない。
黙考するネオを、部屋のインターフォンが呼んだ。
足早に入室してきた白衣の男。
フィーネを担当する彼は、困ったように眉を下げて助けを求めた。
「大佐、格納庫まで来て頂けますか。フィーネ・ハゼットが…」




詳しく話を聞くと、「ステラが戻るまで待ってる」と言った彼女は、それからずっと“アレウス”に閉じ篭ったままだという。
「既に薬が切れてるはずなので、かなり苦しいはずなんですが…」
研究員の説明を背中で聞いて、ネオはキャットウォークを進む。
外部からコックピットハッチを強制的に開けることは可能だが、フィーネは「開けたらその瞬間に殺す」と整備士たちを威嚇したそうだ。噛み付かないよう厳しく躾けられている飼い猫だが、普段から彼女と折り合いが悪い整備士たちはすっかり怯えてしまって誰も“アレウス”に触れなくなっていた。
「禁断症状が出れば音を上げるだろうと高を括っていました…申し訳ありません」
「フィーネは頑固だぞ」
“アレウス”の前で待機していた整備士に目配せして、ハッチを強制的に開けた。
中を覗き込むと、シートの上で膝を抱えて丸くなる猫が一匹。
「…フィーネ」
呼び掛ければ、ゆっくりと顔をあげた彼女と目が合った。合った、といっても虚ろなその瞳はこちらを認識出来ているのか分からない。
浅い息を繰り返す彼女の顔は青ざめていた。
「こんなになるまで…」
ネオはため息をついた。
「フィーネ、すまなかった。今回の件はいくらでも罵倒してくれて構わない。それくらい酷いことをしたんだよな、俺は」
「ネ…オ…」
名を呼ばれてネオは安堵する。自分を認識出来るならまだ大丈夫だ。
「ステラ…帰って、きた…?」
既に耐えられない痛みが全身を襲っているはずだ。大きな瞳から大粒の涙があふれていた。
普段から彼女は頑固な面があると思っていたが、ここまで我慢強いとは…
ネオは彼女の内の強さを改めて感じて息をのむ。
この状況でもステラを心配する彼女を前にネオは一瞬言葉に迷ったが、直ぐにその唇に笑みを浮かべてみせた。
「ああ、無事に、ね。今はゆりかごで寝ているよ。君が出撃する必要はなくなった」
その言葉に、血の気が引いた唇が僅かに笑った。
ネオは彼女に手を差し出す。
「だからおいで。もう大丈夫だ。苦しかっただろう…楽にしてあげるから」
小さく頷いた彼女は、少しだけ身体を起こした途端に意識を手放した。
倒れ込んだ彼女を胸に抱き止めて、ネオは息をつく。
冷や汗で額に張り付いた前髪を整えてやる。青白いその顔は、安堵したように穏やかな表情を浮かべていた。
「ストレッチャーを持ってきます」
背後で研究員が言う。
「いや、いい。俺が連れていく」
ネオは彼女を軽々と抱き上げると、キャットウォークを歩き出した。後ろからついてくる研究員に告げる。
「ステラに関する記憶は消しておいてくれるか?」
研究員は戸惑いの声をあげた。
「だいぶ強い記憶なので大掛かりになりますよ。前回の操作も苦労しましたし、こんな短期間で続けて大掛かりな操作をするとどんな副作用があるか…」
「構わん」とネオはきっぱりと研究員の言葉を切り捨てた。
「無い方がいいだろう?今後の戦闘の為にも」
ネオは、以前フィーネが言っていた言葉を思い出していた。
“ゆりかご”で眠るエクステンデッド達を慈しむように見つめた彼女は「死の恐怖は分からない」と言った。
『死ぬのは分からないけど、みんなが居なくなるのは怖いよ』
「…大切な仲間を失ったショックは、戦闘中のバグに繋がるからな」
明日になれば彼女の瞳は色を取り戻す。その瞳に深い信頼を込めて微笑んでくれることだろう。穏やかに澄み透った声が自分の名を呼び、薄汚れた世界で荒んだ心を慰めてくれるのだ。
彼女が何度自分を軽蔑し拒絶しようと、また造り変えればいい…
自分のしていることの浅ましさに、ネオは吐き気を覚えた。

――これでは、ジブリールあの男と同じではないか