規則的なリズムを奏でる心電図の音がやけに大きく感じた。
照明の光度を落とした薄暗い医務室に、シンは立ち尽くしていた。
しばらく無言で目の前の弱々しい姿の少女を見つめると、枕元に歩を進める。
崩れるように膝を床につくと「なんで…」と弱々しい声を漏らした。
目の前の彼女は抑制帯によってベッドに縛り付けられている状態だった。長い睫毛の隙間からこぼれた涙が、青白い頬を伝う。
「何も覚えていないなんて…」
金色の髪に手を伸ばす。
柔らかなそれを撫でて、シンは自分を責めた。
「君が、ガイアに乗っていたなんて…」
「なんで」と、非情な現実を呪うように何度も呟いた。
少年の痛々しい背中を、ジークは少し距離を置いて眺めていた。感情的に動きがちなシンを見張って欲しいと、タリアに頼まれたのだ。
嫌な役回りだな…
ジークは心の中でため息をついた。
本来ならシンの担当はアスランだったはずだが、今は彼もそれどころではないらしい。“アークエンジェル”と接触してきた彼は、今艦長室でタリアにダーダネルスの経緯を報告している。彼もまた、酷く思い詰めた様子だった。
皆、何かを抱えて戦っている…
複雑な心境で、目の前の2人を見つめた。
昨日の軍医の説明によると、ステラは記憶操作によってシンに関することは何も覚えていないらしい。加えて体内物質の数値に異常がみられ、本来ならば人体が持っていないはずの物質まで検出されていた。
ひと通り説明を終えると、軍医は厳しい表情で結論を述べた。「彼女は連合の
「約束したんです。俺…」
シンは背中を向けたまま、ジークに語る。
「約束?」
「俺が守るから、って。だから大丈夫だって…」
ジークは胸ふさがる思いを感じて、顔を顰めた。
「なのに、俺は今までガイアを敵だとしか思ってなくて。今だってこんな、苦しい思いをさせて…」
シンの肩が震えた。
ジークはその背中に語りかける。
「知らなかったんだろ?なら仕方ないじゃないか」
敵のモビルスーツの中に誰が乗っているかなんて、普通なら知る術がないことだ。
目の前に立ちはだかる敵を討つ。
シンがしてきたことは軍人として当たり前のことだ。責められることではない。
「ガイアは…ステラは、ハイネを殺しました。なのに俺、ステラのこと恨めない。ハイネを殺したことがこの子の罪だとは思えないんです」
シンの前で眠る少女もまた、与えられた敵を討っただけだ。幼い頃から殺すことだけを教えこまれて、それが自分の役割だと疑わずコーディネーターと戦ってきた。
「エアリス隊長…俺、どうすれば…!?」
ジークに振り向いて答えを求める紅い瞳から涙がこぼれた。
「お前にも、その子にも、何も罪はない」
ジークははっきりと言い切った。
恐らく軍人として初めての挫折を味わっているだろう目の前の少年が、志半ばで立ち止まってしまわないように。
「罪人がいるとすれば、ステラを生み出す経緯を作った奴らだ」
「ステラを生み出す経緯…」
「デュランダル議長も言っていただろう?“真の平和”を手に入れる為に、討たなければいけない存在…」
シンは目を見張った。
「その子を守りたいのなら戦え。戦争で生み出された子供を救うには、戦うしか道はない。お前にはそれが出来るだけの力があるんだ」
――立ち止まるな。
ジークは真剣な表情でシンを見据えた。
それは、今まで何度も自分自身に言い聞かせてきた言葉だった。
シンは戸惑ったようにステラに視線を戻し、彼女の手に触れた。
「そうだ、俺が…俺が、ステラを守る」
小さなその手を両手で包んだ時、ステラの唇から微かな音が漏れた。
「…ん」
か細いその声をシンは聞き逃さなかった。
身を乗り出してステラの顔を覗き込む。
「ステラ…!」
長い睫毛に縁取られた目がゆっくりと開いた。
「シ…ン…?」
名前を呼ばれて、シンは安堵したように瞳を細めた。
「俺だよ、分かる?」
「シン…ほんとに、会いに…来た…?」
ステラは昨日の険しい表情とは違う、穏やかな笑みをみせた。その顔だけ見れば、誰がこの儚い少女を“兵器”だと思うだろう…
慈しむように互いの視線を交わす2人を眺めて、ジークは静かに部屋を後にした。
シンの見張りは必要ないと、タリアには進言しておこう。
本当に、嫌な役回りだった…
あんなのをずっと見せられていたら、こちらの気が滅入ってしまう。
胸を締め付ける息苦しさに、ジークは憂鬱そうに瞳を伏せた。
ここ数日立て続けに事が起こり過ぎたからか、通常のコーディネーターより頑丈に作られたはずの身体でも少しだけ疲労を感じていた。
『立ち止まるな』
先程、シンに投げ掛けた言葉を思い出す。
そうだ、他人に情を移している場合ではない…
ジークは揺らぐ気持ちを落ち着かせるように一度大きく息を吐くと、真っ直ぐ前を向いて歩き出した。