オーブ軍の“ムラサメ”隊の特攻を受けて黒煙をあげたグレーの戦艦を上空から見下ろして、フィーネは感心したように呟いた。
「“死ぬ気”になれば出来るじゃない」
ダーダネルスでの戦闘に引き続き、先陣はオーブ軍に任せていればいいとネオから言われていた。こちらが無理に消耗する必要はないのだと。
狡いやり方だと思ったが、オーブ軍に同情する気は無かった。前回はオーブ代表首長の乱入でミネルバを討ち損ねたのだから、その分彼らには働いて貰わなくては。
フィーネはモビルスーツが入り乱れて戦うそこへ向けて、“アレウス”を加速させた。
被弾しながらも未だ持ち堪えているミネルバを確実に堕とすには、その周囲にいるモビルスーツがどうしても邪魔だ。
“ムラサメ”隊がミネルバを攻撃しているなら、自分がやるべきはその周囲のモビルスーツの処理だ。
甲板にいる“ブレイズザクファントム”と“ザクウォーリア”、そして銀色のモビルスーツ。“ザク”の2機は、“ムラサメ”隊の奮闘によりだいぶ疲弊している。
問題は、圧倒的不利に追い込まれているはずのこの状況でも一つひとつ確実にこちらのモビルスーツを撃墜している銀色だろう。
それは、インド洋で遠くに眺めた機体だった。
ほんとは“黒い子”も討たなきゃいけないんだけど…
フィーネは残念そうにため息をついた。
後陣のフィーネが出た頃には、漆黒の機体は既に遠くのオーブ艦隊の方へ向かっていた。こんなに数が入り乱れている状況では、ひとつを追い求めていたら何も出来ない。
「今日は、綺麗なきみからね」
標準を合わせて獲物を照合した。コンピュータが表示した名前に、フィーネは眉を顰めた。
その瞬間、ドクンと心臓が激しく鼓動した。
全身に何か冷たいものがかけ巡る。
「あ…れ…?」
モニターに並ぶその文字。
“フリッグ”
しばらく感じていなかったあの痛みが、頭の奥でぶり返す。
「…違うよ、アレウス」
フィーネは首を振って、“アレウス”が表示したデータを否定した。
この機体は、そんな名ではない。
突如過ぎった見覚えのないはずの文字に、フィーネは困惑した。
その名を読み上げてはいけない気がした。
チリチリとくすぶる痛みが、自分に警告している。
「やめろ」と頭に響く警告を、身体の方はいうことを聞かなかった。
フィーネの意思に反して、震える唇がゆっくり開く。
フィーネは、はっきりとその“真名”を呼んだ。
「フリッグ・スキャルブ」
『目の色が違うではないか!?』
『あれはもういい!あんな…気味悪い目をヘインズに置いておくわけにはいかない』
――これは、誰の声だったか
『“戦闘用”では落ちこぼれでも、引き取り手はありそうなもんだけどな』
――そう嘲笑ったのは誰か
『随分と汚らしい捨て猫だ』
――冷たい手で顔を掴んだのは誰か
『フィーネ』
――温かいまどろみの中で名を呼んだのは誰か
『一緒に来い、フィーネ』
――哀しい声で自分を求めたのは誰か
激しい痛みと同時に、頭の中にひと際大きな声が響く。
『私のフリッグは!いわば芸術だ!』
――“芸術”となるべきは、誰だ
「わたしの…フリッグ…」
俯いたフィーネが呟いた。
目を見開いた彼女は、頭に響いた“誰か”の言葉を反復する。
「芸術…わたし、の…私が…」
操縦レバーを握る手に力が入る。
痛みはすぐに消え、代わりにふつふつと湧き上がった激情に身体が震えた。
「…だれよ、あんた」
彼女はゆっくりと顔をあげると、目の前の銀色を睨みつけた。
青と緑の瞳が憎悪に揺れる。
「“私のフリッグ”に乗るあんたは、だれ!?」