激しい洋上戦は、オーブ軍の旗艦“タケミカヅチ”が撃沈したことで終わった。
破損が著しい格納庫に降り立ったジークは、“フェンリル”の隣に置かれた変わり果てた姿の“セイバー”を見つめた。
「ここまでなったら、もう直せねーよ…」
頭部と四肢を失った無残な姿を前に、近くに居た整備士がボヤいたのが聞こえた。
だから、言ったんだ…
ジークはアスランに言った言葉を思い出す。
『なら、説得できなかった場合は、お前の手でこれを殺せよ』
『フェイスとしての責任で、ちゃんと敵艦を処理出来るんだな?それならば、お前にここを譲る』
結局またも説得に失敗した彼は、友であるキラ・ヤマトと剣を交えて大敗したのだ。
アスラン・ザラは強い。
本来の彼の実力であればここまでにはならなかったはずだ。
だから、俺がやると言ったのに…
彼の敗因は迷いを捨てきれなかったことだ。
“アークエンジェル”に一切の情が無い自分の方が討てた。
ジークは苦い顔をして格納庫の出口へ歩を進めた。
少し歩いた先にレイの姿があった。汗ばんだ髪をかきあげて、いつもの冷静な視線をこちらに向けた。
レイの前にある彼の機体、“ブレイズザクファントム”も左腕をもぎ取られた状態だった。その隣では、ルナマリアの“ザクウォーリア”が脚部を失った状態で横たわる。
ひとまず、命があってよかった…
赤いその機体の大きく裂けたコックピットハッチを見つめて思う。
「ルナマリアの容体は?」
「見てとれたのは、頭部裂傷と左腕骨折…今、治療を受けています」
「…そうか」
オーブ軍の捨て身の猛攻に、ミネルバはまた大きな損害を被った。
“敗け”ではないはずなのに、何とも後味の悪い戦闘だった。
最期のオーブ軍の蛮勇は、敵から見ても哀れに思えた。他国が始めた戦争に駆り出され、討つ理由の無い敵に向かって命を捨てたその姿は、惨劇として世界中に広まることだろう。
そして誰もが大西洋連邦のやり方を疑問に思うのだ。
ここまでは想定していなかったとはいえ、世界は益々プラント優位の情勢に傾いていた。
「エアリス隊長!」
背後から整備士ヴィーノ・デュプレが駆け寄ってきた。
幼さが残る少年の顔に動揺が浮かぶ。
「アーシェが、フリッグから降りて来なくて…」
「…アーシェが?」
ジークは踵を返して“フリッグ”の方へと足早に向かった。
「どんなに呼んでもコックピットを開けてくれなくて。返事も無いし…。機体に損傷はないんですけど、中で何かあったらどうしようかと…」
ヴィーノは眉を下げて説明した。
「医療班、呼んで来ます…!」
「いや、必要ない」
ジークは片手を上げてそれを制した。
リフトに乗り込むと、レイも後に続いて飛び乗ってきた。
「…何故、お前まで?」
ジークは眉を寄せる。
「貴方だけでは心配なので」
レイは冷たく返す。
ジークは諦観したようなため息をついて、リフトを“フリッグ”のコックピットまで上げた。
「多分、立ち合わない方がいいと思うけど」
小さく呟いたそれは、ジークなりのレイへの気遣いだった。
ジークはアーシェの状態に察しがついていた。
“優しいアーシェ”に想いがあるレイは、今のアーシェを見ない方がいいだろうに。
先程の戦闘を思い浮かべて、再びため息をつく。
両腕を斬り落された“アレウス”が撤退してからも、“フリッグ”の猛攻は止まらなかった。
ミネルバに向かってくる敵機を完膚なきまでに撃ち落とし撃沈寸前の窮地を救ったあの勢いは、いつもの彼女の戦い方とは違っていた。
まるで何かに取り憑かれたような姿にジークも目を見張った。
恐らくフィーネに感化されて“スイッチ”が入ったのだろう。
あれが、“オリジナル”と“スペア”の差か…
ジークは複雑な心境でリフトをコックピットハッチに横付けすると、外部操作でそこを開いた。
「…おい、生きてるか」
中を覗き込むと、シートに座ったアーシェはヘルメットを外した状態で俯いていた。
薄暗いそこにぼんやりと水色の髪が浮かぶ。
肩で息をしているものの、どこか怪我を負ったようには見えない。
怪我が無いことを確認して安心したのか、レイが小さく安堵の息を漏らした。
「終了だ。早く出て来い」
声をかけると、彼女はゆっくりと顔をあげた。
深い青の瞳と眼が合った。
その瞬間、彼女は大きく目を見開いて勢いよくシークに掴みかかってきた。
ほんの一瞬だった。
素早くジークの膝に乗り上げると、首に手をかける。華奢な手が隆起した喉元を力強く圧した。咄嗟のことに、圧迫された喉からくぐもった音が漏れた。
大きく開いた瞳孔がジークの顔を映す。
見慣れた眼つきだった。
この眼をした同胞を何十人と見てきたジークは、動じることなく彼女に笑いかけた。
「…よう、“フリッグ・スキャルブ”」
その名を呼ぶと、首にかけられた手の力が緩む。
背後で呆然と立ち尽くしたレイが、ハッと息をのんだ気配がした。
「楽しかったか?」
上気した頬に触れて尋ねる。
汗でしっとりと濡れたその顔は、恍惚を浮かべていた。
「もう、ね…」
「ん?」
「もう、最っ高…」
酔いしれるように吐息を漏らすと、アーシェは意識を失って倒れ込んだ。
ジークはそれを抱きとめて、物憂げに機体の頭部を仰ぎ見る。
やっと製作者の望み通りの活躍を果たした“彼女”は、今は無機質なその顔を真っ直ぐ前に向けて沈黙していた。
「ご満足頂けたようで何よりですよ。“女神様”」