華奢な身体をベッドに下ろして、顔に掛かった長い水色の髪を整えてやる。
静かに寝息をたてるアーシェをしばらく見つめたジークは、背中に感じる冷たい視線にため息をついた。
「…言いたいことがあるなら、聞いてやる」
「“聞いてやる”?」
レイは忌々しげに顔を歪めた。
「随分と横柄な態度ですね。全て貴方のせいだというのに」
すぐ側で眠るアーシェに気遣ってか声を抑えた彼は、握った拳を震わせていた。
「貴方が引き込まなければ、アーシェは幸せなままだった」
「幸せ?」
ジークが嘲笑するように聞き返した。
「前にも言っただろ。戦うことを選んだのはアーシェ自身だと」
「だからといって、これが本当に彼女の最善の道だとは思えない」
レイは容赦なく険のある目つきをジークに投げかける。
「アカデミーで出会った時、彼女は言っていた。自分は優しい両親のもとで育って、恵まれた環境で幸せだったと。だから、混迷する世界で苦しむ人がいるのがつらいんだと」
「だが、それは偽りの記憶だった」
「偽りでも幸せでいられるならそれでいい。真実が常に正義だとは限らない」
“素材”は同じはずなのになのに、こんなにも違うものか…
静かな怒りを露わにするレイを前に、ジークは考えた。
誰かを愛することもなく世界の全てを呪った者と、愛する誰かの為に怒り、守ろうと必死になる者。
彼にもそんな存在がいたら、何か変わっていただろうか。
「貴方が、アーシェを変えたんだ」
「変わってねぇよ」
ジークはきっぱりと言い返す。
「記憶が戻ってからも、こいつが戦う理由は変わってない。むしろその想いは一層強くなった。自分のような哀れな子供を生み出してはならないと」
その言葉に、レイの瞳に動揺が浮かんだ。
「お前と同じだよ」とまっすぐ見据えて言うと、彼は唇を噛んで押し黙る。
「それでもな…どんなに立派な理想を持ってしても、俺達は血には抗えない。頭と身体が全くの別の生き物だ。そんな“獣”が独り、正義に奮い立つまともな人間たちの中に放り込まれたらどうなると思う?」
ジークは憂うように目を伏せた。
それは、生まれて初めて広い世界を知った子ども達の多くがぶつかる壁だった。
「自分はみんなと違う、まともではないのだと実感する。周囲からも侮蔑と畏れの視線を向けられて生きることになる。そんな中に居たらチグハグの精神はいよいよ壊れちまう。だから、俺達は群れをつくった」
――特殊なのは自分だけではないと。みんな同じだと、互いを守ることで生きてきた。
「俺が出会った時にはもうこれは目覚める寸前だった。俺は、それを“安全な場所”に保護しただけだ」
血に抗えないのなら、抗わなくとも生きられる環境をつくってやる。望まないかたちで生み出された同胞達を、周囲からのいわれのない嘲罵から守るのだ。
それが、群れを束ねるものとして自分に課せられた責務だ。
「こちら側に来たことをアーシェが悔やんだ時は甘んじて責を受ける。だが、今お前に言われる筋合いはない」
呆然と立ち尽くしたレイに、ジークはたたみ掛けた。
「今のアーシェがお前達に何か危害を加えたか?変わらずお人好しで、他人の心配ばかりしてるような奴だろ。何が“変わった”だ」
そういう綺麗事の押し付けが、自分達を苦しめるのだ。
正義感にかられた英雄達は、理想が放つ光の眩しさに目が眩んで、影でもがく者の苦しみなど気付かない。むしろ、それすら理想の世界の汚点だと排除しようとしてきたのだ。
「誰かに頭を弄られて作られた“優しいアーシェ”に理想を押し付けてる時点で、お前にこいつを守ることは無理だよ。レイ」
アーシェに必要なのは、ありのままの姿を受け入れてくれる人間だ。
「この姿に嫌悪があるならもうコイツから離れろ。互いのためだ」




「――なんか凄いよ、最近のシン。もう完璧エースって感じ?」
ミネルバのレクルーム。管制官メイリン・ホークが興奮冷めやらぬ様子で言った。
同じく休憩に入ったヨウランとヴィーノに、クレタ沖での戦闘の活躍を得意気に語る。
ちょうどその前を通りかかったレイは、思わず足を止めた。窮地を救ったエースパイロットの戦いぶりに沸く会話は、通路にまで丸聞こえだった。
「普段もツンケンして怖いけどさ、戦闘中なんてガンガン怒鳴ってくるんだもん…!対応するこっちも大変だよ」
「そういえば」と、ヴィーノが言いにくそうに口を開いた。
「シンも怖いけどさ、アーシェもだいぶ雰囲気違うよな…」
「アーシェ?」
メイリンが聞き返す。
「ああ」と、ヨウランも同調する。
「どんなにキツい戦闘してきても、帰還した時のアーシェって機嫌良いじゃん。なんかハイになってるっていうか、楽しそうで…」
「ちょっと」と、整備士2人は気まずそうに顔を見合わせた。
「アーシェがミネルバに来たとき、なんで急にエアリス隊なのかなってって思ってたけどさ。そういうとこ見ちゃうと納得っていうか…」
「あいつ、怖いよな」
その言葉が、レイの耳に冷たく突き刺さった。
仲間であるはずのミネルバのクルーがアーシェに向ける視線は、先程ジークが言っていた「畏れ」だった。
レイはその場に立ち尽くしたまま、両手を握りしめた。