ため息とともに吐き出した紫煙は、すぐに海風にさらわれていった。
煙草を咥えて甲板に立つジークは、先程のレイとの会話を思い出していた。
全ての憤りを吐き出した後、冷静になった頭はレイに対する罪悪感を感じていた。
彼もまた大人の勝手な都合で生み出された子どものひとりだというのに。八つ当たりのように言い過ぎてしまった。
レイとは昔からこうだ。
顔を合わせるとどうしても穏やかに話を進められない。別人だと理解していているつもりでも、あの顔とあの声に“あの男”がチラついてつい語気が荒くなってしまう。
だからといって、レイの“個人的な感情”にまで口出ししてしまったのは出過ぎた行為だった。
ジークは再びため息をついた。
でもたぶん…
ふと、ジークの頭にアイスブルーの瞳が過ぎった。
真っ直ぐで義侠心にあふれた青年の顔だ。
レイのライバルは手強いだろうな…
そう思いを巡らせていると、背後で重いドアが開く音がした。
「ジーク…?」
甲板に現れた人物はジークに気づくと一瞬戸惑ったように目を泳がせた。
「アスラン」
アスランは気まずそうにこちらに歩を進める。
「タバコ…」
「ん?」
「ジークってタバコ吸うんですね」
「知らなかった」と彼は小さく笑う。
ジークはポケットから携帯用の灰皿を取り出すと、真鍮製のそこに咥えていた煙草をしまった。
「ここに来てから機会は減った。艦内は禁煙だし、たぶん“あの人”嫌いだろ。これ」
この艦の廉潔な指揮官を思い浮かべて言う。
直接彼女に聞いたことはないが、恐らくそんな気がしていた。
「別に無くても死なねぇしな」
「まぁ、長生きしたいのであれば吸わないほうが良いでしょうね」
アスランも困ったように笑った。
戦火に身を投じておいて今更長生きを気にするのは滑稽だ。
「親父が死んだ日に初めて吸ったんだ」
ジークは穏やかな口調で言った。
エアリス隊の前隊長―父のヴァンが戦場に散った日、ジークは隊長室に残された彼の煙草に手を出した。
“ヴァルハラ製”の自分を“人間”にしようと奔走した彼の想いに近付こうとしたが、その日はただ苦みが口に残るだけだった。
「それからもう惰性だな。正直これが美味いのか不味いのか、今でもよく分からない」
懐かしむように細められたその瞳を見つめて、アスランはゆっくりと口を開いた。
「ジークは…お父上のことを好きでしたか?」
その問に、ジークは呆気に取られたようにアスランを見た。
少し考えるように間をおいて、「ああ」と頷く。
「感謝はしてる」
「…そうですか」
アスランは目の前の穏やかな海面を見つめた。
「俺は、父が苦手でした」
エメラルドグリーンの瞳が寂しげに揺れた。
「厳格で口数の少ない人だった。それでも、俺のことを不器用ながらに愛してくれていたと思ってました。でも、ヤキンで父が最期に俺に残した言葉は、ナチュラルへの激しい憎しみでした」
アスランの父―前プラント最高評議会議長パトリック・ザラは、前大戦をナチュラルの殲滅によって終結させることを目指した。その狂気ともいえる強硬姿勢で多大な犠牲を出した彼の名は、今や戦犯として世界に悪名高い。
「憎いから、認められないからと、それで争っていてはいつまでたっても終わらないと、嫌というほど経験したはずなのに…」
アスランは震える声で吐き出した。
「いつまでこんな戦いを繰り返すんだろう…」
「今でも俺は、父が残したあの“呪い”から逃れられない」