放たれたボールは、放物線を描いてゴールリングへと吸い込まれていった。
甲板に設置された簡易的なバスケットゴールに向かう背中にフィーネは「ねぇ」と声をかける。
「それ楽しい?」
目の前の少年はボールを拾い上げて振り返る。
「楽しくねーよ」
スティングは不満そうに言った。
ただゴールにボールを放り投げるだけなんて、楽しそうにはみえない。バスケットボールは本来一人でやるスポーツではないのだから。
「だから、1on1やろうっていつも言ってるだろ」
フィーネは困ったように笑って首を横に振る。
「いいよ、私は。そういうの苦手だもん」
「出来ると思うけどな…」
スティングはそう言って再びゴールに向き直った。
何度やったって同じ。どこから投げても彼が放つシュートは綺麗にオレンジ色のリングに吸い込まれてネットを揺らす。
甲板に座り込んだフィーネは、その後ろ姿を微笑ましく見守った。
「私はここで“君達”を眺めてるだけで楽しいよ」
不意に口から出た自身の言葉に、フィーネは息をのんだ。
君達…?
スティングもそれを聞き逃さなかったようで、不可解な面持ちで振り向いた。
「俺と、誰…?」
ふたりの頭に過ぎった奇妙な感覚に、互いに見つめ合う。
「誰って…」
フィーネとスティングはいつも2人きりだった。
指揮官のネオの下、2人で“戦争”をしてきた。
それ以外に何があるというのか…
「何言ってるんだろ…私」
その途端、フィーネは何か大きな不安に目眩を覚えた。
「スティング」
こちらを見つめるスティングの目もまた不安に揺れた。
「私、何か失くしもの、した気がする…」
「たぶん、俺もだ…」
フィーネはおもむろに彼に手を伸ばす。
彼はゆっくりと歩を進めると、甲板に膝を着いてフィーネを胸に抱き寄せた。
ふたりともそれが何か分からなかった。
もしかしたら、これはただの思い違いで、失ったものなんて何も無いかもしれない。
ただ、今ふたりを同じ不安がのみこもうとしているということだけは確かだった。
震える彼女の背中を、スティングは優しく擦ってくれた。こうすると落ち着くことは、ずっと一緒に居たスティングはよく分かっている。
孤独だったフィーネの唯一の仲間。大事な人だ…
フィーネは弱々しく彼の背中に手をまわして不安を吐露する。
「最近おかしいの…私…」
フィーネはこれまでの戦闘の記憶が断片的にしか思い出せなかった。
直近のクレタ沖の出撃も“アレウス”が何であんなに破損しているのか、誰に負けたのかが分からない…
「何も思い出せないのに、頭の中には沢山の知らない声がするの…」
その声はそれぞれ違う名を呼んで「何故思い出せない?」と自分を責め立てる。
欠陥品
サードパーティ
落ちこぼれ
チビ助
フィーネ
――スペア
「…怖い」
小さく吐き出したその言葉は、フィーネが初めて他人に吐き出した弱音だった。
「私、いつかこの声にのみ込まれて消えちゃうんだと思う」
「フィーネ」
スティングは少し驚いたように、腕の中の彼女を見つめる。
顔をあげた彼女の眼は今にもあふれそうな涙で揺れていた。
「もし、“今の私”が居なくなっても、君だけは忘れないで…」
ここにいた“私”は、フィーネ・ハゼットだ。
これが消えたとき、次の自分は何者なんだろう…