「ええ!?あれで不問なのかよ?」
「やっぱりスーパーエースは扱いが違うよなぁ…」
シンとレイの処分について噂話に興じる整備士たちを、アーシェは複雑な思いて見下ろしていた。
『
シンとレイの重大な軍規違反は、何者かの温情によって減免どころかはじめから無かったものとされた。
開かれたコックピットハッチのふちに座って投げ出した足を揺らしたアーシェは、大きくため息をつく。
「上官の機体に腰を降ろしてため息とは、ほんといい身分だな。お嬢様は」
背中に投げかけられた言葉に、アーシェは振り返った。
“フェンリル”のコックピットに座ったジークは整備ログを確認していた。
「用がないなら降りろ」
「あるからここに来ました」
アーシェはきっぱりと返す。
「早くチェック終わらせてください。終わるまでここで大人しく待ってますから」
「いいからそのまま話せ」
「聞いてやる」と彼は顔を上げずに、チェックボードに向き合っている。
クレタ沖の戦いから彼はまた“フェンリル”の仕様を変えたらしい。ここ数日、整備リーダーのマッド・エイブスと話し合っているのをよく見かけていた。
『エアリス隊長は注文が多い』
整備士達の間でそうぼやかれていることをアーシェは知っている。そして彼は、整備士が難色を示したものは自らで何とかしてしまうのだから、整備士の苦労は計り知れない。
本当によく働く番犬ね…
アーシェはそんな彼を不満げに見つめて、ため息混じりに口を開いた。
「私だって、せめて極刑だけは避けて欲しいと2人の心配をしてました」
吐き出したのは、今回の司令部の対応への憤りだ。
「でも、いくら何でも不問ってありですか?しかも、事実を捻じ曲げてまで…」
クルーへの暴行、捕虜の解放、モビルスーツの無許可発進―今回のシンは多くの軍規違反を犯している。本来ならば銃殺刑ものである今回の件を何のお咎めなしとは、いくらシンが優秀なパイロットだからとはいえ特別扱いが過ぎる。
ただでさえ最近のシンの隊長のアスランや艦長に対する態度は、目に余るものがあった。
これでは彼の行為を全面的に肯定したようなものだ。
「これも、隊長が言っていた“花形”だからですか?」
ジークは乾いた口調で返した。
「普段指令部の温情のおかげで好き勝手やれてる俺でも、ここまでは初めてのケースだ。よほどミネルバの立場を守りたいんだろうな。正直、シンがいなければ任務が成り立たない」
“正義のヒーロー”の行為は本当に全て正しいのか?
アーシェは一度だけ遠巻きに見たあの連合の
辛うじて“生かされている”状態だった彼女が元の場所に帰ったところで、待ち受ける未来は同じだろう。
「あの子、どっちにしろ廃棄ですよ」
シンだってロドニアで
「それに」と、アーシェは物憂げに瞳を伏せた。
「なんでレイまでこんなことしたんだろう…」
常に理性的であるはずだった彼がなぜこんな馬鹿げた軍規違反に手を貸したのだろう。
いつもの彼ならばシンを止めているはずなのに。
「隊長、何か聞いてます?」
ジークが顔を上げた。
「俺に聞くか?」
「昔馴染みなんでしょう?」
「仲がいいとは言ってない」
「私の知っているレイは、真面目で誰より規律にうるさい人でした。いくらシンと仲が良いからといって一緒になってこんなことする人ではなかった」
ジークはどこが遠くを見るような目で考え込んでいた。
しばらくして、眉間に深い皺を寄せたままアーシェに視線を戻す。
「お前、あの後レイと何か話したか?」
「あの後?」
「クレタで飛ばしたときだよ」
「私の身体を気遣ってくれてましたけど」
アーシェは首を傾げる。
クレタ沖での戦闘―アーシェは地球軍の“アレウス”と交戦してからその後の記憶がなかった。気付いたときには自室のベッドの上にいて、同室のルナマリアに尋ねるとジークが意識を失った自分を運んでくれたのだという。
その後レイとは何度も顔を合わせているが、特に変わった様子は無かった。
「それが何か?」
「…いや」
曖昧な返事をするジークを、アーシェはもの問いたげに凝視する。
どうせ今回もこれ以上問い詰めてもこの人の口からは何も出て来ないのだろう。
「言っておくが、“今回は”隠してるわけじゃないからな。本当に、レイの考えなんて俺には分からない」
“今回は”
ならば、この人は以前自分に何か隠し事をしていたのか。
いったい何時のことか。
彼が自分にした隠し事は幾つあるのだろう。
本当にいつまでたっても掴めない…
アーシェは考えた。
この任務を終えてディオニソスに戻ったら、グレイとクロエに聞いてみよう。
同胞のはずなのに自分だけ知らないことだらけなのは、除け者にされているようで納得がいかない。
もう、自分には彼の隊しか居場所がないのだから。少しくらい本音を教えてくれてもいいではないか…