フィーネは格納庫に続く通路をひとり歩いていた。
やっと“アレウス”の修理が終わったのだ。毎度思うような戦果をあげられない自分に不満が溜まっているであろうパートナーの様子が気掛かりで、足取りは自然と速くなった。
フィーネが近づくより先に、目の前の格納庫の扉が開いた。
現れた数人の研究員の姿に、フィーネはピタリと足を止める。彼らはガラスの棺のような形状のベッドを取り囲み、慎重に運んでいた。
通路のわきに寄って彼らに道を開けてやると、不意にベッドに横たわる兵士と目があった。
柔らかそうなブロンドヘア。フィーネより少し年下に見える、儚げな少女だった。
ガラスケースに覆われた治療用ベッドの中で苦しそうに顔を歪める少女は、薄っすらと開けた赤紫の瞳にフィーネを捉えると、唇を僅かに動かした。途端に言い知れぬ不快感が湧き上がる。
可哀想に。何かを訴えてくる少女を冷たく一瞥して、フィーネは胸の内で哀れみの言葉を吐いた。
生命維持装置によって辛うじて命を繋ぎ止められている彼女は、おそらくエクステンデッドだろう。
ネオはどこであんな死に損ないを拾ってきたのか。あそこまでなってしまったらもう廃棄しか道はない。
ネオの指示でああして丁重に扱われているのだろうが、自分だったらあんな姿で生き存えるなど耐えられない。
戦えなくなった時はひと思いに殺して欲しい。強くない自分に存在価値はないのだから…
想いを巡らせながらキャットウォークを進む。
“アレウス”の前に着くとその顔を仰ぎ見た。
「アレウス」
前を真っ直ぐ見据えて沈黙を貫くパートナーの顔は、怒っているようにも思えた。
そういう自分も、このままだとあのエクステンデッドを哀れむ立場では居られなくなる。
地球に降りてから何一つ戦果をあげられていない自分を、いつジブリールが見捨てるか分からない。
強くあらなければ。
今度こそ勝たなければ。
何かに追われるように、フィーネは気がせいていた。
そうえば…
ふと、フィーネの頭に疑問が過ぎる。
――なぜ、私はずっと…こんなにも強くあることに拘ってきたのだろうか
《――つまりは、ミネルバは君の手には余ると…そういうことだったのだな?》
部屋に冷たく響いた声を、ネオは黙って聞いていた。
自分達の主人、ロード・ジブリールからの音声通信はこちらの返事を待たずして話を進めていく。
《まあ、何にでも見込み違いということはある》
返す言葉が無かった。
これまで何度もザフトの期待の戦艦“ミネルバ”に仕掛けて、全て敗けに終わっているのだ。
音声のみの画面からはジブリールの表情は分からない。だが、やんわりとした口調の中にも静かな怒りが感じられた。
《ミネルバもう仕方がないとして、君達には次に進んでもらおうと思ってね。幸いなことに、“デストロイ”が完成したんだ。きみにはそちらを任せることにした》
ネオはその嫌味っぽい口調を聞きながら仮面を外し、制服をベッドに脱ぎ捨てた。
バスルームへ向かう背中に尚もジブリールの声が投げかけられる。
《あれを使って早くユーラシア西側を静かにさせてくれたまえ。それくらいなら、君にも出来るだろう?》
ネオは唇を噛んだ。もう、自分は主人から“無能”の烙印を押されたも同然だ。
《ああ、フィーネはこちらに戻してもらうよ。うちの飼い猫は寒さに弱くてね》
そう言うと、回線は一方的に切られた。
ネオはシャワーのコックを開けて、吐き捨てた。
「お宅の飼い猫、今まで通り擦り寄ってきてくれるかは分かりませんよ」
結局フィーネのメンテナンスは“完了”していなかった。謎のブロックワードの発動の影響か、こちらで施した記憶操作も日に日に綻びが出始めている。
ジブリールがどんなに大事に囲ってきたのかは知らないが、恐らく今までフィーネが精神安定剤としてスティングを通して見ていた“誰か”は、ジブリールでは無いだろう。
フィーネはコーディネーターだ。
全てを取り戻した時、こちらに噛みつかないとは限らない。その時、ジブリールは彼女をどうするのだろう。
――もう、どうにでもなれ。
投げやりな言葉を吐き捨てて、ネオは自分の中に広がる不安を打ち消すように降り注ぐシャワーの水流を強めた。
何であれ自分が彼女達の為に出来る事は戦うことだ。
例えそれが“正義”とはかけ離れた戦争でも、戦って勝ち続けなければいけない。
フィーネも、ステラもスティングも…戦うことをやめた時点で生きる権利を失ってしまうのだ。
自分達がしている戦争は正義の為などとそんな立派なものではない。ただ、自らが生きるための戦争だ。
シャワーに打たれながら、ネオは改めて自分に信じ込ませた。