――どうしてこうなった
――自分はどこで間違えてしまったのか
霧深い山間の小さな湖の真ん中に、“インパルス”の姿はあった。
機体の腰まで水に浸かって、湖面に手を差し出すように立っている。
その掌の上で、シンは愛しい少女を抱き締めていた。
「ステラ…ごめん」
空から舞散る雪のように白いその顔は穏やかだった。
「ステラ」
閉ざされたその目が再び自分を映すことを願って何度も名を呼ぶが、腕の中の小さな身体はピクリとも動かない。
すり寄せた頬は既に冷たくなっていた。
「ステラ…俺の大事な…」
ミネルバからステラを連れ出したあの日、もとの場所に帰れば彼女の命を救うことが出来ると思った。あのままザフトの実験動物モルモットにされるよりはずっと幸せだと。
生きて欲しいと願ったから、“ネオ”に托したのだ。
なのに、何故…

――何故、地球軍の殺戮兵器にステラが乗っていたのか

地球軍の西ユーラシア侵攻は、“フリーダム”が“デストロイ”を破壊したことで終わった。
戦闘を終えたシンは、“デストロイ”のコックピットで息絶えたステラを連れ出した。
司令部は今回の殺戮を引き起こした新型兵器のデータを欲しがるだろう。そして、そのパイロットであるステラも“デストロイ”の部品として身体を切り刻まれて調べられることになる。
シンはそんなことは許せなかった。
ステラは物なんかじゃない…!
初めて彼女に会った日のことを思い出す。
幸せそうに踊っていたステラ。
助けてくれたお礼だと貝殻を差し出したその笑顔を、自分が守ると決めたのに。
「ごめん、ステラ。俺が…守るって、約束したのに…」
溢れた涙が、彼女の頬に落ちた。
シンはしばらくその顔を見つめていた。
「もう、大丈夫だ…。大丈夫だよ、ステラ」
乱れた彼女の髪を整えるように撫でてやる。
「ここなら、もう誰も君にあんなことしない。君は怖い思いをしなくていいんだ」
シンは腕の中に抱いた彼女の身体をゆっくりと水面に差し出した。
触れた水の刺すような冷たさに、シンは一瞬躊躇した。
ここが彼女が好きだと言っていた暖かい海だったら良かったのに。
今の自分では、このベルリンの静かな湖で眠らせてあげることしか出来ない。
「おやすみ、ステラ」
水面に浮いた彼女を支えていた腕を離すと、彼女の小さな身体はゆっくりと水の奥へと吸い込まれていった。
ゆらゆらと手足を揺らして沈んでいく愛しい少女を見送って、シンの胸には激しい悲しみがせり上がった。
「あ…ぁ…」
その場に蹲り、慟哭する。
守れなかった。
彼女と交わしたたったひとつの約束を、自分は果たせなかった。
なんで!
なんで!
降り積もった雪で薄っすらと白くなった機体の掌を何度も叩き付けた。
何故、あれほど死を恐れていた彼女が“兵器”として人を殺し、無残に殺されなきゃいけない?
いったい誰が、彼女にこんな運命を背負わせたのだ。
「俺は…」
俺は、絶対に許さない。
悲しみに引き裂かれそうになっていたシンの胸中は、やがて真っ黒な憎悪に支配されていった。




ジークは苛立った様子で“フェンリル”のコックピットに座していた。
淡い光を放つモニターを指で軽く叩き続け、表示される時刻を見つめる。
ベルリンの戦闘を終えた後、シンはジークの撤退命令に背いて何処かに消えた。
アスランの代わりとして、初めてシンを指揮下に置いて実感する。ここまで命令を無視されて平常心でいろというのは難しい。
きっとこの違反もお咎めなしだろう。
ジークは自身の手綱を握る男を思い浮かべて眉を顰めた。
いくら“お気に入り”でも甘やかし過ぎだ…
帰艦してから何度目かも分からないため息をついたとき、管制官のメイリンから“インパルス”帰艦の連絡が入る。
“インパルス”の着艦とともに、ジークもコックピットから降りた。
「シン!お前いったい何処に行って…」
空白の数時間を問い質そうとシンに近付いたとき、泣き腫らした目がこちらを向いた。
「エアリス隊長…」
絶望的な目つきだった。
「ステラが死にました」
“ステラ”
シンが守りたいと願った少女の名だ。「生きてほしい」と重大な軍規違反を犯してまで逃した地球軍の強化人間エクステンデッド
俯いたシンは、声を震わせて残酷な現実を語った。
「地球軍のデストロイ…あれに乗っていたのは、ステラだった…」
ジークは思わず息をのむ。
“兵器”であるステラを待ち受ける未来は、ミネルバにいても地球軍にいても変わらないとジークは知っていた。
元の場所に返したことに達成感を感じていたシンは、そのことを知らないままステラが幸せになることを信じ続ける…
知らないままの方が互いの為なのかもしれないと、そう思っていた。
こんなにも早く少年に現実を叩きつけるとは、運命はなんて非情なのだろう…
「呼びかけたとき…ステラは俺のこと分かっていた。あと少しでデストロイを止められたんだ。あのとき、もうステラには戦闘の意思はなかった。なのに…」
シンは怒りで肩を震わせて、吐き出した。
「あいつ…あいつさえ、邪魔しなければ…」
憎悪がこもった声が格納庫に重く響く。

「フリーダムがステラを殺した」