#30
ベルリンを発ったミネルバは、新たな任務に向かっていた。
“エンジェルダウン作戦”
『いたずらに戦局を混乱させるアークエンジェルとフリーダムをプラントの脅威とみなし、これを排除する』
この作戦に並々ならぬ意気込みをかける者がいた。
「こんなに早く機会がくるとは正直思ってませんでした」
早々にパイロットスーツに着替えたシンは、高ぶる気持ちを抑えるように大きく深呼吸した。
「まだ俺は神様に見放されてなかった」
ジークはそんな彼を横目で見て軍服を脱ぐ。
「良かったな」
「レイとエアリス隊長のおかげです」
シンは満足げに笑う。
ステラが命を落としてから、シンは“フリーダム”への復讐だけを考えてきた。
『フリーダムは自分に討たせて欲しい』
そうシンがジークに頭を下げたのは、議長の「打倒ロゴス」の演説を聞いたその日だった。
ジークも対“フリーダム”を想定して機体を調整していることを聞きつけたシンは、自分にその獲物を譲って欲しいと言い出した。
ステラの仇を討ちたいのだと。
その必死な訴えに、ジークは絆された。
自分が持つ“フリーダム”の戦闘データをシンに渡し、いつか対峙する時を想定してシミュレーションを重ねてきた。
どうも、シンには甘くなってしまう…
ジークは内心苦笑した。これでは、議長やレイのことを言える立場ではないだろう。
「今日こそ討ってみせます」
シンは決意を込めて言う。
「死んでいったミネルバの仲間の為…ステラの為に」
真っ直ぐこちらを見つめてくる少年の姿にジークは穏やかに目を細めると、彼の肩を軽く叩いた。
「期待してるよ。スーパーエース」
「いいんですか?」
機体に向かう途中、アーシェは咎めるような視線をジークに向けた。
「あんな、焚き付けるようなことして」
シンが何かに取り憑かれたように“フリーダム”攻略に勤しんでいる姿を、アーシェも見ていた。
復讐に燃えるその姿は恐怖すら覚えた。
「アークエンジェルとフリーダムは敵。司令部がそう決めた以上何も問題は無い」
ジークは前を向いたまま返した。
「一筋縄ではいかない相手だ。シンがあそこまでやる気でいてくれるのは助かるよ。この期に及んで喚いてる“誰か”と違ってな」
彼の視線の先では、シンが意気揚々と“インパルス”に乗り込んでいく。
「そうですけど…」
アーシェは複雑な表情を浮かべた。
ジークが嫌味っぽく言った“誰か”とは、アスランの事だ。
この命令が下されたとき、アスランは酷く動揺して「この作戦はおかしい!」と艦長に詰め寄っていた。
つい先程も格納庫前の通路でジークと言い争っていたようだ。声を荒げる2人の声は扉越しでも聞こえていた。
「まあ、任務は完遂するが…」
ジークが暗鬱な息をつく。
「終わったら、部屋変えてくれねぇかな。艦長」
「気まずい」と顔を顰めた彼に、アーシェは呆れたように返した。
「自業自得です。隊長は任務の事となると言葉がキツいですから」
復讐に取り憑かれたシン。かつての仲間と戦うことに苦悩するアスラン…
様々な想いが交錯するこの任務に、アーシェは気乗りがしなかった。
“アークエンジェル”は本当に敵なのか?
確かにミネルバはあの艦によって甚大な被害を受けたが、同時に撃沈寸前のところを救われた経験もある。
そして、先日のベルリンでは同じ敵を討つことを目的にして戦ったのだ。
彼らの一連の介入の理念が本当に平和の為だというのなら、アーシェは彼らを敵だと確信することが出来なかった。
議長がいう“真の平和”は、彼らの想いとはどう違うのだろう。
「戦争って難しいですね」
いろんな思惑が複雑に絡み合っていて、それを全て理解しようとすると気が遠くなりそうだ。
「考え始めたらキリがないぞ。割り切れよ」
「…はい」
ジークはヘルメットを被ると、淡白な調子で言った。
「作戦内容は理解したな?」
「ええ。ちゃんとシンの“援護”に徹します」
既に別部隊が“アークエンジェル”への攻撃を始めているが、ただ討つだけではこの作戦は“成功”とはいえなかった。トドメを刺すのは“ミネルバ”とシンの“インパルス”でなくてはならない。
自分達はプラントの英雄の活躍劇の黒子だ。
「ベルリンといい、今回といい…こういうのは“私達”の好みじゃないんですよね」
「後味が悪い」とアーシェは不満げに頬を膨らませて“フリッグ”に乗り込む。
シートに座ってハッチを閉じると、そこは静かな暗闇になった。
「フリッグ・スキャルブ」
起動と共にシートに振動が伝わる。
期待に揺れるパートナーに小さく謝罪した。
「今回のお仕事もそういうことだから。我慢してね」
この機体を“芸術”と称した製作者は、きっと黒子役など聞いたら憤慨するだろう。
「割り切れ、か…」
憂鬱そうに呟いて、機体をカタパルトに進めた。
気乗りしない任務だと思いながらも、やはり“フリッグ”に乗ると高揚感を抑えられない。
乗る前までは「正義とは」「平和とは」などと、聖人ぶった思考を巡らせるが、結局は兵器としての本能が勝る生き物なのだ自分は。
それを割り切れないのは、一瞬でも普通の人間として過ごした期間があるからだろうか。
“インパルス”、“フェンリル”が次々と飛び立っていく。アーシェもその後を追って“フリッグ”を発進させた。
「“優しいアーシェ”のせいで余計に生きづらい…」
普通の人間としての束の間の自由を与えた母親に皮肉を吐き捨てる。
「ほんと余計なことしてくれたわ。お母様」
母が与えた唯一の“愛情”は今の自分の性能に支障をきたす。
自分の役割は与えられた敵を討つだけだ。
今日の敵は“アークエンジェル”
明日からはまた地球軍。
モニターに映った白い戦艦に狙いを定めて、深いブルーの双眼を細めた。
――じゃあ、その次は…?