ザフト軍ジブラルタル基地。
真紅のモビルスーツから降り立ったグレイ・ワイアードは、降下してくるヘリコプターを見上げていた。
疲労と憂鬱な気分から漏れ出た溜息は、吹き下ろされる強風にさらわれた。
「“こういう仕事”も苦手なんだよな…」
仕事を割り振った自身の隊長への不満を口にして、着陸したヘリに歩み寄った。
扉の横に着くと、中から現れた男に恭しく敬礼をした。
「お疲れ様でした。議長」
「ありがとう」
ギルバート・デュランダルは穏やかに笑う。
彼の後からピンク色の髪を靡かせた少女が現れた。
プラント最高評議会議長と国民的歌姫。
この2人の護衛が、今日のグレイの仕事だった。
「悪いね。ワイアードくん。君にわざわざ護衛など頼んでしまって」
「いえ。議長直々のご指名、光栄です」
真剣な表情を顔に貼り付けたまま、淡々と返す。
「自分達は“何でも屋”ですから。プラントの為とあらば」
泰然とした態度のザフトのエリートの姿を、デュランダルは満足げに見つめた。
「やはり、君達は頼もしいな」
「これを、自分に‥で、ありますか?」
ライトアップされた2機のモビルスーツを前にシンは紅い瞳を瞬きさせた。
「ZGMF-X42Sデスティニー、ZGMF-X66Sレジェンド…君達の新しい機体だよ」
2機を背にしたデュランダルは、誇らしげに語った。
その隣ではラクス・クライン、もといミーア・キャンベルがいかにも“ラクスらしい”微笑みを浮かべている。
「今のザフトの持てる技術を全て注ぎ込んだ最強の機体だ。気に入って貰えるといいんたが」
「これが、俺の機体…」
シンは新しい玩具を与えられた子供のように喜びに満ちた表情でそれを見上げていた。
一方もう一人のパイロット、アスラン・ザラの表情は硬かった。
デュランダルを見つめる視線には、不信感があった。
「議長…これは」
「それぞれ、君達のこれまでの戦闘データをもとに造られている機体だ。これまで君達の能力に機体のほうがついて来なくて歯痒い思いもしたことだろう。今度はそんなことはないと、保証するよ」
“最強のモビルスーツ”の説明をするデュランダルの語り口は楽しそうだった。
死の商人“ロゴス”を糾弾したその口で、今誇らしげに自身の国の軍事力を語る彼に、アスランの彼に対する信頼は揺らいでいた。
「これは、これからロゴスと戦っていくために必要な力ということですか?」
想いだけでは世界は変えられない。
それはアスラン自身、十分に理解している。だからこそ、自分はオーブからプラントに戻りこうして再びザフトの軍服を身に纏っている。
だが、議長の“想い”とは何だ?
彼が目指す終着点“真の平和”は、本当に自分と同じなのか?
「ああ、戦争を否定しておいて戦うというのも、矛盾していると思うがね…」
デュランダルは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「だが、仕方ない。彼らは対話を拒否したのだから…残された術は彼らを討つことしかないのだよ」
途端、アスランの表情に痛みがはしる。
認められないから討つ。
それは、先の大戦での父と同じではないか。
「アスラン…」
不穏な空気を察したミーアが、不安げにアスランの手を取った。
アスランは思わずその手を振り払う。
『本当にそう?』
頭の中に友の声が響いた。
『議長は本当に“平和”を願ってるの?』
『じゃあ、何で“本物”のラクスが殺されそうになるの?』
アスランの鋭い視線に、ミーアの表情が凍り付く。
「では、何故彼らを?アークエンジェルを…フリーダムを討った理由は何ですか?」
「あんた、まだこんなこと言ってるんですか…!」
シンがうんざりした様子でアスランを睨みつけた。
今のアスランにはシンの態度などどうでも良かった。これまで胸に溜めていた憤りが堰を切ったように溢れだし、デュランダルに詰め寄った。
「彼らは“ロゴス”とは関係ないはずです。何故あんな命令を!?」
彼が“打倒ロゴス”を掲げて直ぐ、ミネルバに下された命令はロゴスとは関係のない“アークエンジェル”討伐だった。
何故いまあの命令が必要だったのか。
「確かに彼らは不用意に戦局を混乱させたかもしれません…ですが、平和への想いは同じだったはずです!」
ベルリンの地球軍による虐殺を止めたのだって、本当は“フリーダム”だ。その事実を捻じ曲げて世界中に公開し、偽のラクス・クラインを使って民意を誘導する。
これは、本当に正義なのか?
「なぜ?話し合いをする機会も与えず、あんな命令を!?」
アスランの言葉を顔色を変えずに聞いていたデュランダルは、静かに口を開いた。
「では、私も聞きたい。何故、彼らは私たちのところに来なかった?」
アスランは怯んだ。
「想いが同じだというのなら、いつでも来れたはずだ。私は何度も世界に向けて声を発していたはずたが…」
――何故、彼らは単独で戦い続けた?
アスランは、強く拳を握った。
「それは…」
状況が飲み込めず困惑した様子で2人の会話を眺めているシン達を伺って、喉元までこみ上げた憎悪を飲み込んだ。
――デュランダル議長を信じられなかったからだ。
今なら、キラ達の言っていたことが理解出来る気がした。キラ達は早くから彼の本質に気付いていたのだ。
激しい後悔がアスランを襲った。
今更悟ったところでもう遅い。
彼らはもうこの世に居ないのだから…
デュランダルは真っ直ぐアスランを見据えて言い放った。
「私はプラントを、このザフト軍を束ねる最高責任者として、あんな訳のわからない強すぎる力を野放しにする訳にはいかなかった。だから命じたのだ。その判断が間違っていたとは思わない」
自信に満ちた有無を言わせないその瞳に、アスランは愕然とした。
そうか…
全身に絶望が冷たく広がっていった。
柔和な笑みを浮かべる男の背後に、厳しい表情の父の幻影が見えた。
父―プラント前最高評議会議長パトリック・ザラが叫ぶ。
『終わるさ!ナチュラル共を全て討てば戦争は終わる!』
――この人も結局、同じなのだ…