「――ドアは固めたな?探せ!」
ライフルを手にした基地の保安要員が、慌ただしく宿舎の廊下を走る。
「場合によっては射殺も許可するとの命令だ。急げよ!」
慌ただしいその音を、アスランはドアの側で息を殺して耳をそばだてた。
彼らが探しているのは自分だ。

――議長が自分をスパイの容疑で捕らえようとしている

そうミーアが教えてくれたのは、日が暮れて間もなくのことだった。
ミーアは慌てた様子で議長の部屋で拾ったという1枚の写真を手渡した。
それは、エーゲ海でキラ達と会った時の写真だった。もう随分と前から行動を探られていたことを知ったアスランは驚愕した。
途端、デュランダルへの信頼は一気に崩れ去り、代わりにふつふつと激しい怒りが湧き上がった。
やはり、キラ達の言っていることは間違いではなかった。
ザフトに出戻った自分を暖かく迎え入れ、“FAITH”に任命してくれたあの男の信頼は偽りだった。
昼間、格納庫で交した会話を思い浮かべる。彼の語り口は、自分達を戦う為の駒としか見ていないように感じられた。
ここから逃げることを決意したアスランは、「一緒には行けない」と首を横に振ったミーアを置き去りに、自分の部屋を後にした。
既に宿舎中に保安要員の警戒網が張り巡らされていた。慌てて施錠されていなかったこの部屋へ逃げ込んだが、見つかるのは時間の問題だろう。
――俺は、あの人の思い取りに動く人形になんかなれない…

「…んんッ」
腕の中の少女が苦しそうに身動ぎした。
アスランはハッと我にかえると、彼女の口を抑えていた手を離す。
「アスランさん!なんで…!」
この部屋の主、ミネルバ管制官メイリン・ホークは酷く動揺した様子でアスランを見た。
「頼む。静かにしてくれ。本当にすまない…外に出たいだけなんだ」
彼女はアスランの右手にあるライフルに視線を落とし、小さく頷いた。
「あなた…追われてるの?なんで…」
「さぁね。あとで、ジークかレイに聞いてくれ」
――議長の忠実な人形に。
苛立ったようにアスランは窓を開けると、身を乗り出して外の様子を伺った。
ここは3階…壁伝いに何とか降りれるか。
アスランは厳しい表情でメイリンに言った。
「俺が出たら声をあげろ。銃で脅されていたと言うんだ」
窓枠に足をかけたとき、彼女はアスランの手を力強く引いた。
「待って!」
驚いて振り向くと、先程まで怯えていた儚い少女の表情は一変していた。
真剣な瞳がアスランを射抜く。
「私に…考えがあります」




メイリンの協力で基地の格納庫に行き着いたアスランは、目の前のモビルスーツを見上げた。
「使えそうですか?」
メイリンが心配そうに尋ねる。
「ああ、たぶん…」
“グフイグナイテッド”
青にカラーリングされたそれは、かつてハイネ・ヴェステンフルスが搭乗していた機体と同じだった。
「前に、ハイネにコックピットを見せて貰ったことがある」
あの時はまだロールアウトされたばかりだったが、今は量産が進み“ザク”と並んでザフトの主力として実戦配備されていた。
急速に進むザフトの軍備拡張をここでも実感して、アスランは顔を歪める。
「まあ、モビルスーツの操縦を心配するなんて、アスランさんには失礼ですよね」
はにかむように笑った彼女を、アスランはうっすらと愛らしいと思った。
「どうして、俺なんかの為に君はここまでしてくれるんだ…?」
ミネルバのパイロットである姉のルナマリアと比べると、彼女は大人しい印象の少女だった。
これまで大して会話をしたこともない自分を助けるために、こんな危険を侵すなんて。心優しい少女を巻き込んでしまったことへの罪悪感が湧き上がった。
「何でって…それは…」
メイリンは頬を赤らめて口籠る。
「…あなたに、死んで欲しくないからです」
「メイリン、きみ…」
「殺されるくらいなら逃げたほうがいいです。さあ、はやく!行ってください!」
彼女の必死の訴えに、アスランは胸が熱くなるのを感じた。
感謝を伝えようと口を開きかけた時だった。
突然、格納庫に銃声が響いた。
銃弾が頬を掠め、“グフ”脚部の装甲に弾かれて火花を散らす。
アスランは咄嗟にメイリンを抱いて機体の影に転がり込んだ。
「また逃げるのか?アスラン・ザラ」
聞き慣れた男の声が冷やかに響く。
「ジーク!」
「羨ましいな。お前は」
格納庫の入り口を覗うと白い軍服が見えた。
ジークがこちらに銃口を向けていた。
「それ程の力を持って生まれ、自由に生きられる…」
「なにを…!」
アスランにはジークの言わんとすることが分からなかった。
「ほんと、嫉妬するよ」
「君こそなぜだ!?何故、そんなに議長を信じられる!?」
いつも不思議だった。
ジーク・エアリスは兵士としての優れた実績だけではなく、エアリスの嫡男としての社会的地位もある。
冷静に事の本質を見抜けるはずの彼は、何故かザフトの命令にだけ何も言わずに従うのだ。いつも「命令だから」と冷めた口調で言って戦場に向かう。まるで考えることを放棄しているような…
「君ほどの男がなぜ?君は何を信じて戦っているんだ!?」
「なぜ、なぜって…お前、本当に知らないのか。わざとバカを演じてるのかと思ってたが…」
幸せな奴。ジークは呆れた声で言った。
「信じる信じないとか、そんな綺麗事の中で俺達は生きてねぇんだよ」
段々と近付いてくる足音に、腕の中に抱えたメイリンの身体が恐怖でガタガタと震えていた。
アスランは今にも泣き出しそうなその顔をジッと見つめて「ごめん」と小さく謝罪した。
意を決して“グフ”の影からジークの正面に躍り出る。
どっちにしろ、彼を倒さないことにはもう道は拓けない。
互いに銃を向けて睨み合った。
対峙しているのは、復隊してからいちばん時間を共有してきた戦友だ。威容なその姿を信頼し、羨望の念すら持っていた。
凍てつくような視線がアスランを射抜く。

「その答えは、お前の親父に聞いてくれ」