#31

どうしてこうも自分の部隊にだけ災難が降りかかるのか…
タリアはもう何十、いや何百にも積み重ねたであろう溜め息を吐き出した。

――アスラン・ザラが基地の保安要員を打ち倒して逃走した

ミネルバに入ったデュランダルからの直々の報せに、タリアは驚愕した。
質問する隙も与えず一方的に告げられたその報せの事実関係を確認するため、タリアは基地宿舎へと急いでいた。
「グフを奪われたただと!?」
デュランダルがいる執務室に辿り着いたときには、既に周囲は慌ただしく兵士が行き交っていた。
「追撃は!?」
中ではジブラルタル基地の将校達が集まって対策を話し合っている。事態を飲み込めないタリアは部屋の隅で立ち尽くした。
何故、あのアスランがこんな暴挙を?
“アークエンジェル”の一件で不満を抱いているのは知っていたが、それだけの理由でこんなことをするような人物では無いはずだ。
「既にデスティニーとレジェンドを向かわせています」
冷静な声とともに、タリアの前を見慣れた長身の青年が足早に横切った。
その姿にタリアはギョッとする。
彼の軍服は右肩が裂け、袖部分の白い生地を血で染めていた。
ジークはタリアには目もくれずデュランダルに歩み寄ると、事務的に報告する。
「申し訳ありません。機体の強奪を阻止出来ませんでした」
端から見ても痛々しいそれを、本人は気にする素振りも見せなかった。
「今、あのグフにはミネルバの管制官メイリン・ホークも同乗しています」
「メイリンが!?」
タリアが思わず声をあげると、デュランダルとジークがやっと彼女の存在に気付いて視線を向けた。
この状況を聞こうと口を開くが、彼等はこちらに声を掛けることもなく直ぐに視線を戻してしまった。
「それは、人質ということか?」
デュランダルが眉根を寄せる。
「いえ、自分が見た様子だとあれは自分の意志でついて行ったように見えました。恐らく逃走の手引きは彼女かと」
アスランの逃走、メイリンの逃走手引き…次々と入る情報にタリアは目眩を覚えた。
「まだ調査中ですが、何者かが基地のホストに侵入した形跡があります。メイリン・ホークは情報のエキスパートですから、それくらい容易でしょう」
「エアリス隊長!」
ジークの推測は、駆け込んできた保安要員によって直ぐに確信となった。
「侵入した端末が特定出来ました。やはり、メイリン・ホークの部屋のものです」
「そうか」
ジークはその報告に頷いて、目の前の最高責任者に最後の判断を仰ぐ。
「彼女まで一緒に逃げられては、どれほどの機密情報が敵に流れるか分かりません。撃墜の許可を」
「…わかった」
デュランダルは額に手を当てて重い息をついた。
「許可する」
「待ってください!!」
タリアは慌てて2人の会話に割って入った。
ミネルバの艦長である自分が事態を飲み込めないところで、クルーの処分がくだされようとしている。
通信機に手をかけたジークを制止しようと近付くが、振り向いた彼の険のある顔付きにタリアはその場に凍り付いたように動けなくなってしまった。
「“主犯”のアスラン・ザラは特務隊。この一件を任されているのは、俺だ」
そう言い放つと、ジークは追撃に出た2機に回線を繋いだ。
「レイ、聞こえるか」
《――はい》
「もう連れ戻そうなどと考えなくていい。メイリン・ホークも同罪だ」
「ジーク!」
タリアはもう何が何だか分からなかった。自分だけ取り残されたまま、事を進めていく目の前の男たちに苛立ちを覚えて彼らを睨む。
それでも、2人は彼女のそんな視線など気にも留めなかった。
広い執務室にジークの冷淡な声が響く。
「撃墜しろ」