“オペレーションラグナロク”
ザフトと連合を脱退した義勇軍からなる対“ロゴス”同盟軍は、地球連合軍の最高司令部を攻撃目標に動き出していた。
ブリーフィングを終えた指揮官達が各々の持ち場に戻ろうと混み合う廊下で、イザークは見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「ジーク!」
振り向いた彼は、こちらに気付くと薄い唇に微笑みを浮かべた。
「久しぶりだな。イザーク」
彼を前にしてイザークの胸の内は混交していた。
友軍として何より頼もしい同僚だ。信頼しているはずのこの男の笑みが、何故か今日だけは冷たく感じられた。
――彼は、友を殺した
「…少し時間いいか?」
「話がある」と見つめれば、彼は意図を察したように神妙に頷いた。
「アスラン・ザラを討ったそうだな」
庁舎屋上に移動するなりイザークは言った。
憤るイザークの表情を見つめたジークは、頭をかきながら曖昧な口調で答えた。
「“討った”というか、逆に“撃たれた”というか…まぁ、撃墜するよう指示を出したのは俺だな」
『特務隊“FAITH”アスラン・ザラが基地の機密状況を持ち出し逃亡を図ったが、追撃したミネルバのエースパイロット2名によって撃墜された』
司令部の発表を耳にしたのは、イザークがジブラルタル基地に到着して直ぐのことだった。
その知らせに、イザークは衝撃を受けた。
アスラン・ザラ。
かつての戦友だった。
士官学校時代の同期で配属された部隊も同じ。良き友で、ライバルであった。
先の大戦中にザフトを抜けた彼に復隊を勧めたのはイザークだった。
再び混乱する世界の為にも、彼の力は必要だと思った。それ程の力を無駄にするのは勿体無いと。
なぜ、あいつがそんなことを…
「一体なぜだ?」
もっとも、イザークには目の前の彼を責め立てるつもりは無かった。
彼は議長から下された命令に従っただけだ。いつものように、ザフトの兵士として忠実に与えられた任務を完遂しただけ…
だが、イザークはその命令自体が納得出来なかったのだ。
自分が知るアスラン・ザラは、呆れるほど不器用で生真面目な男だ。最後にプラントで会った時も、混乱する世界を憂いてひとりで苦悩していた。
そんな彼が、スパイ行為などするだろうか?
第一、その持ち出した情報をどこに流そうというのだ。
――“裏切り”は、本当にあったのか?
「アスランは、ミネルバの管制官と協力して“ラグナロク”のデータにアクセスしている。そして、これまで何度も地球軍との戦闘に介入してきた敵艦クルーとの接触。それらを繋げると、奴のやろうとしていることは見過ごせるものでは無かった」
「敵艦…アークエンジェルは、敵だと?」
イザークは眉を寄せた。
「ああ。ミネルバはこれまであの艦の攻撃で甚大な被害を受けてきた。司令部の判断は妥当だ」
ジークは眼下に広がる基地の敷地内を見渡した。
「俺だって、あいつのことは気に入っていたんだがな…」
次々と降下してくる輸送機、遠くに臨む港には艦船が並ぶ。
皆“ロゴス”の悪行に怒り、デュランダルの掲げた“正義”に賛同して国籍を超えて集まった勇敢な兵士たちだ。
ジークがポツリと呟いた。
「あいつの“正義”は、俺のとは相容れないらしい」
「お前の正義とは何だ?」
イザークは彼の正体を知っている。
戦闘用として生み出された彼が信じる“正義”とはなにか。
その問いに、彼は自身の“忠実な番犬”としてのイメージを裏切らない答えを口にした。
「プラントに勝利をもたらす事だ」
彼の表情にイザークは息をのむ。
「俺の“正義”はあの狭い砂時計の中でしか見出せない。ならば、プラントには常に勝者でいてもらわなければいけないんだ。敗者がどんなにご立派な理想を述べたところで、誰も聞いてはくれないからな」
真っ直ぐ自分に向けられた黒い瞳。穏やかだがはっきりとした口調は、彼の揺るぎない強い意志が感じ取れた。
“プラントに勝利をもたらす”
イザークがザフト兵として戦い続けるのは、祖国であるプラントを守りたかったからだ。
“血のバレンタイン”のような悲劇をもう二度と引きおこしてはならないと。力を持つものとして、弱き者を敵の脅威から守るのだと。
祖国を「守りたい」自分と、「勝たせたい」ジーク。
互いがこの戦いの先に見ている未来は、似て異なるもののように感じられた。
「暴論だと思うだろ?だが、このやり方でしか俺は守りたいものを守れないんだ」
手すりにもたれかかったジークは、夕日を背に笑った。
何処か哀愁漂うその顔に、イザークはさらに問いを投げかけた。
「ジーク…もし、プラントが道を踏み外していたら?お前のその“正義”はそれでも揺らがないのか?」
デュランダルが全世界に向けた会見から、急速に戦況が変わっていった。世界中がプラントの最高指導者が示した敵に向かって己の正義感を奮い立たせる様に、イザークは言いようのない違和感を感じていた。
まるで、何か見えない力によって人々が考える暇もなく誘導されているような…
今、世界を包む空気には全体主義に似た危うさがあった。
ジークはまるで可笑しなことを聞かれたかのように両眉を上げた。
「イザーク」
嘆息に似た声を吐き出して、また微笑う。
「この国は、俺達が生まれるずっと前から人の道を踏み外してるよ」