眺めのいいカフェテリアには西陽が差し込んでいた。
オレンジの光を色白な顔にあてて、彼女は窓の外を眺めていた。
もの寂しげなその横顔を、イザークはしばらく離れて見つめた。
『この国は、俺達が生まれるずっと前から人の道を踏み外してるよ』
未だ鮮明に耳に残るジークの声に、人知れず表情を陰らせる。
——目の前の彼女も、人の道を外れた者によって生み出された被害者のひとりだ
「アーシェ」
ゆっくりと歩み寄る。彼女は一瞬驚いた表情を浮かべたが、直ぐにその顔を綻ばせた。
「⋯⋯お久しぶりです。ジュール隊長」
その笑みにイザークの表情もつられて緩む。
「元気そうだな」
「はい。おかげ様で」
彼女の向かいの席に座ると、彼女はフフッと小さく笑った。
「お会い出来たらいいなとは思っていましたけど、ここは広いしこの状況なので⋯あまり期待していませんでした。今回も先に見つけられてしまいましたね」
「お前は目立つ。直ぐに見つけられるさ」
淡いブルーの髪、繊細に作り込まれた人形のような目鼻立ち⋯人目を引く美しさを持った彼女の名は、最近ザフトの中で密かに噂になっていた。
今や世界の"英雄"と持て囃されるミネルバの活躍劇の背後にいる特殊部隊―エアリス隊。
あの“餓狼”の肝入で入隊した新人パイロットは、秘書官からの異例の引き抜きながら、その実力は恐ろしいものだと。
「お前の話は聞こえてきてるよ」
「それって、良い話です?」
アーシェは試すような、少しいたずらっぽい調子で言った。
「勿論。良いパイロットが居るとな」
「いいですよ。そういうお気遣いは。だいたい察しがつきます」
彼女の搭乗機“フリッグ”―神話の女神の名を持つその機体の戦いぶりを見た誰かが言っていた。
『あれでは、“女神”というより“魔女”だ』
「だいぶ慣れてきました。任務にも、“今の自分”にも…だから、何を言われても気にしないことにしました。結果は出してますし」
――彼女はまた雰囲気が変わった
聡明なその顔には、自分の腕の中で泣いていた儚い少女の面影は微塵も無い。
これまでどんな戦場を見てきたのだろう。美しいブルーサファイアの瞳に意志の強さが見て取れた。
覚悟を決めた兵士の顔つきだ。
愛しい想い人の新たな一面に、イザークの心は複雑に揺れていた。
変わったのではない。これが、彼女の本来の姿だったのだ。
「ジュール隊長。私がディオキアでしたお願い、覚えてますか?」
「ああ」
彼女が自分にした願い。ディオキア基地で泣きながら“兵器”としての生き方への苦悩を吐き出した翌日、彼女は「次会う時は自分の話しを聞いて欲しい」と言った。
『正直に…全部。隊長には、聞いて欲しいです』
「あれから、どう説明しようかと考えてました。少しでも隊長に嫌われない形はないか、とか…」
自分に嫌われないかたちを模索した事実だけでも充分だと、イザークは思った。目の前の少女に愛しさが込み上げてくる。
「でも、どう取り繕ったところで今の姿が私自身なので。だから、実際に会ってもらった方が早いという結論に至りました」
「“会う”…?」
「明日の“ラグナロク”、そこで戦う私が隊長に教えたかった私の真実です」
聡明なその顔が微かに翳る。
「それを見て隊長が何を思うのか正直不安で…だから、隊長へのお返事はこの作戦が終わるまで保留にさせてください。勿論、隊長の方からあの話自体を無かったことにして下さっても構いません」
「アーシェ…」
互いの視線が交わった時、不意に遠くから彼女の名を呼ぶ声がした。
声がする方を向けば赤服の兵士がこちらを見ていた。
プラチナプロンドの長髪。軍服の色は彼女と同じ赤だ。恐らくミネルバのパイロットだろう。
彼女にレイと呼ばれた少年は、無感情な声で言う。
「ミネルバに集合だ」
冷たい印象の少年だとイザークは思った。少年は軽く会釈をしただけで、それからイザークに注意を払うことをしなかった。
「明日の作戦のブリーフィングだと」
不遜にも思えるその態度をアーシェが気にする様子はなかった。ゆっくり立ち上って少年に礼を言う。
「ありがとう。すぐ行く」
アーシェは、イザークに視線を戻して「すみません」と眉尻を下げた。
「では、また明日。こんなこと言うのは不謹慎かもしれませんが…隊長と一緒に戦えるのを楽しみにしていますね」
その場を立ち去ろうとする彼女の腕を、イザークは咄嗟にとらえた。
「アーシェ」
「はい?」
「俺はこれまで自分の発言を撤回したことは無い」
結局何者に変わろうとも、自分の気持ちが変わることはない。これまでも、これからも…
今の彼女の語り口では、自分が“本当の姿”を前にして失望することを前提にしているようではないか。
――その程度だと甘く見られては心外だ
「しかも、厄介なことに執念深い性格でな。諦めも悪い。遠慮はしないと、ディオキアでも言っただろ」
虚を突かれたように目を丸くした彼女を鋭く透明な視線が射抜く。
イザークの愛しい想い人は、戸惑いがちに視線を泳がせると、やがて泣き顔にも似た表情を浮かべて笑ってみせた。
数歩先を歩くレイを見つめ、アーシェは声をかけていいものかと思いあぐねていた。
姿勢の良いその背中が醸し出す雰囲気は、いつも以上に冷たく感じられた。
口を開きかけては閉じる。何度もそれを繰り返し、やっとアーシェが意を決して声を出したのはミネルバに続く桟橋に着いた時だった。
「ねぇ、レイ?」
様子を伺うように背中に声を投げ掛ければ、彼はピタリと足を止めた。
「なにか、怒ってる…?」
振り返ったレイの表情は冷静だった。
一見いつもと変わりが無いようにも見えるが、彼の僅かな空気の違いをアーシェは過敏に感じ取っていた。
常に冷静で感情の起伏が無い彼が、目に見えて不機嫌なのは初めてだった。
わざわざ自分を探す為に足を運ばせてしまったからだろうか。自分の知っている彼なら、その程度で怒るような人物でないはずだが…
「さっきの…」
レイはゆっくり口を開く。
「別部隊の隊長と随分と親しいんだな」
「ジュール隊長?前の上官よ。久しぶりに会えたから近況報告をね…」
「あれが近況報告、か…」
含みを持たせてそう小さく呟くと、レイは再び踵を返して歩き出した。
アーシェは不思議そうに首を傾げてその後を追った。