地球連合軍基地“ヘブンズベース”
北大西洋の島にある広大な基地は、地球軍の最高司令部を置く最重要拠点であった。
ギルバート・デュランダル率いる対ロゴス同盟軍の侵攻を控えて、基地内部は騒然としていた。
ひとつの都市のような敷地内をモビルスーツや車輌が行き交い、怒声にも似た誘導のアナウンスが絶え間なく響く。
フィーネはその様子をどこか他人事のようにコックピットの中で聞いていた。
シートに身体を預けて、手にした小瓶を眺める。
膝の上に広げたアタッシュケースに似たアルミ製の小さなケースにも、同じものが数本並んでいた。
「アレウス」とパートナーの名を呼ぶ。
「これで、何日もつと思う?」
ゆらゆらと中の薬剤を揺らした。
平時なら専属の研究員が管理しているはずの物だった。混乱した状況になったことでジブリールが「万一の時の備えだ」と、フィーネに預けたのだ。
“万一の時”
それは、この戦闘に負ける時だ。
用心深いジブリールは、すでにこの戦闘の“次”まで見据えている。その際に逸れた飼い猫が自分の元に戻ってこれるようにということらしい。
彼は追い込まれて判断が鈍ったのではないか…
フィーネは呆れたように息をついた。
ジブリールは飼い猫がいつだって自分の元に帰ってくるものだと信じているのだ。
「放し飼いは駄目だ」と、飼い猫を繋ぐ為の鎖がこの薬だったはずなのに。
「ねぇ、このまま逃げてみる?」
冗談交じりにそう言うが、パートナーからは何の返事も返ってこない。
「そうね、君は地球軍のモビルスーツだもんね。ここ以外では戦えないか…」
フィーネは眉尻を下げた。
「私もよ。もうどこにも逃げられない」
プラントから逃げ延びた先がこの場所だ。
何の思い入れもない場所だが、せめて最期くらい“役割”を全うしてもいい気がしていた。
「あと少しだけ力を貸してね。もう、コーディネーターみんな消してなんて我侭言わないから。あと2つだけよ…2つ消すだけでいい」
“フェンリル”と“フリッグ”…あの2機さえ討つことが出来ればもう自分は満足だ。
「君も負けっぱなしは嫌でしょう?」
これから始まる熾烈な戦闘を想うと、否が応でも全身の血が沸き立った。
沈黙を貫いていたパートナーも悦びを隠せないでいるのが分かる。伝わってくるその狂戦士の思考に、フィーネは小さく笑った。
細い指がモニターを撫でる。モニターが発する淡い光に照らされたその瞳は、愛おしいものを見つめているような眼差しだった。
「やっぱり、高飛車な“女神”より君みたいな“戦士”の方が好きよ。アレウス」