《――こちら、ヘブンズベース上空です!デュランダル議長の示した降伏勧告への回答期限まで、あと3時間を残すところとなりましたが、未だ地球連合軍からは何もコメントはありません。このまま刻限を迎えると――》
これから始まる“正義の戦い”を、世界中が固唾をのんで見守っていた。
マスコミが映し出した氷の海は、夥しい数の艦隊で埋め尽くされていた。カメラが映し出すその艦隊群の中のひとつ、作戦の司令部が置かれることとなったミネルバの艦内で、アーシェ達エアリス隊はその中継を眺めていた。
「いくらなんでも、このマスコミの数は邪魔だな」
パイロットアラートのソファに座っていたグレイが呟いた。
「“うっかり”撃っちまったら怒られるかな…」
「軍法会議ものだな」
ジークがすかさず返す。
「流石にそれは俺も庇えない」
「冗談だ」とグレイは軽快に笑った。
「しかし、本当にここまで大々的に中継されてはやり辛いな。俺の強さが世界中に知れ渡ってしまう」
「安心しろ。誰も俺達に注目なんかしない」
ジークの隣に座っていたアーシェは機嫌の良い上官2人のやり取りを横目で伺って、再び視線をテレビモニターへと戻した。
デュランダルは自らミネルバに乗艦し、前線でこの作戦の陣頭指揮をとることになっている。まさに“正義軍”の大将らしい勇敢な姿だ。
デュランダルが世界中に向けて声高らかに唄ったこの戦いの大義とは裏腹に、彼の忠実な番犬達はこれから始まる“戦争”に胸を踊らせていた。
アーシェ自身も湧き上がる愉悦を抑えきれずにいた。
停戦後に入隊したアーシェにとって、ここまで大規模な“戦争”は初めての経験だった。
格納庫で自分パーツの搭乗を待つ“彼女”も、今頃出撃を心待ちにしていることだろう。
膝の上で組んでいた手が期待に震えていた。アーシェはそれに視線を落とすと、静かに深呼吸をした。
思い浮かべるのは、自分を見つめた清廉な青年の顔だ。
“自分達”の姿を目の当たりにした時、彼は何を思うだろう…
外野に何を言われようと気にしないと、戦場に出る時に決意した。これまでの“優しいアーシェ”とはもう決別しなければならないと。
それなのに、彼を前にするとどうもその決意が揺らいでしまう。
『俺はこれまで自分の発言を撤回したことは無い』
自信に満ちたその言葉に、あの場で想いが溢れそうになった。
――やっぱり貴方は変わらない
実直で少しだけ頑固。不器用だけど優しい人…
変わってしまった自分には眩しすぎる人だ。
あの時、胸に込み上げた息が詰まるほどの熱い“何か”の名が、母が最期に残した言葉なのだろう。
――ごめんなさい、ジュール隊長

愛してしまいました。




「エアリス隊長」
それぞれの機体に向かっている時だった。
ジークの隣を歩いていたアーシェが、ゆっくりと口を開いた。
「なんだ?」
グレイは早々に機体へ乗り込んでいった。
降伏勧告の回答期限まではまだ時間が残されていたが、こちらが勝手に決めた時間など敵が守るとは思えない。今この瞬間に戦闘が始まってもおかしくない状況だ。
周囲が慌しくなってきた中で、アーシェは悠揚迫らぬ態度だった。
「私、“フリッグ”のパーツであると同時にヘインズのひとり娘なんですよね」
「ああ、知ってる」
何を今更、とジークは眉根を寄せた。
「強いだけじゃ駄目。美しく品性高潔でいなきゃいけないっていうのが、お父様の拘りです」
「それも前に聞いた」
「そのとおり、こうして強さも美しさも兼ね備えた“芸術品”に育ったわけなんですけど」
「お前のその自己肯定感の高さ…いっそ清々しいな」
「“ヘインズのお嬢様”として育ってきたので、モビルスーツは動かせても人を殴ったことなんてないんです」
ジークはアーシェの発言の意図が分からず、眉間に深い皺を刻んで聞いていた。
「あ、勿論士官学校で格闘術はやりましたよ?合格点ではあったと思います。でもあれはお仕事だから…」
――こんな時に、こいつは何が言いたいんだ
「お前な…」
無駄話なら後にしろ。そう言おうと口を開きかけたとき、不意にジークの頬に温かい手が触れた。
アーシェは表情を変えずに頬に手を伸ばすと、ひとり「なるほど」と何かを納得したように呟いた。
「…隊長、やっぱり背高いですね」
「あぁ?」
わけが分からず唖然とするジークをよそに、アーシェはくるりと背を向けて自身の機体に向かって行った。
「だから、“その時”まで練習しておきますね」