#32
氷の大地の下に広がる巨大な格納庫に、慌しい管制アナウンスが響く。
先陣のモビルスーツ隊が次々と地上へと飛び立って行く様子を横目で見ながら、フィーネも“アレウス”へ急いでいた。
ふと意識を進行方向に戻すと、先を歩くパイロットの人混みの中に見覚えのある色があった。
目が冴えるような黄緑色。
見間違えようのないその後ろ姿を認識した瞬間、フィーネは駆け出していた。
「スティング!」
ベルリンで地球軍がザフトに破れた際、作戦を指揮していたネオは行方不明だとジブリールから聞かされていた。
フィーネはスティングの安否も確認したが、ただの“兵器”の消息などジブリールはあずかり知らないといった様子だった。
――生きていた!
込み上げる嬉しさに表情を綻ばせて目の前の少年の手を取った。
「スティング」
驚いたように振り返ったスティングは、険しい目つきでフィーネを見た。
「あぁ?」
その顔にフィーネは固まった。
「誰だよ?お前…」
スティングの眼にはあからさまな嫌悪が滲んでいた。
胸に広がった暖かな感情が一変して熱を失っていく。
冷ややかな視線を自分に向けるこの少年は、フィーネにとって大事な人だった。
かつて優しく笑いかけてくれた黄金色の瞳は、もうフィーネのことを認識しない。
茫然とするフィーネの手を彼は強引に振り払って背を向けた。
彼が殺気立った足取りで向かう先にあるのは“デストロイ”だ。
巨大な殺戮兵器に向かう少年の背中を、フィーネはただ黙って見送ることしか出来なかった。
「…自業自得よ」
自分がしてきた事が返ってきただけだ。
フィーネは手にした薬を一気に飲み干した。
スティングとアウル、そしてステラ…
何も持たなかった自分に出来た数少ない“大切なもの”
―――先に忘れたのは私だ
最後に見たステラの姿が脳裏を掠めて、表情を陰らせた。
息絶え絶えになりながら自分に何かを訴えかけていたあの顔は、何を伝えたかったのだろう。あの時、いつものようにステラを抱きしめてやれなかった。
アウルが死んだことにも気付かず、悲しむ事もしなかった。
自分の心の隙間を埋めるためにスティングの優しさを利用した。
今更自分のしてきた事の愚かさに気付いても、彼等はもう自分の側には居てくれない。謝罪することも赦されないのだ。
空になった小瓶をケースにしまって、パートナーの名を呼んだ。
起動したモニターに外部の映像が映る。
今回の戦闘の主力となる“デストロイ”が続々と地上へ上げられていった。
「行こう。アレウス」
機体に取り付けられていたコードが外されていく。
頭上に開かれた巨大なハッチを見上げると、曇天が広がっていた。
フィーネはオッドアイの瞳に決意を浮かべて、灰色の空を見据えた。
「フィーネ・ハゼット。アレウス、出るわよ!」