「――スティング!」
黒煙をあげ倒れていく“デストロイ”に向かって、フィーネは“アレウス”を駆った。
彼だけは守らなければいけなかった。
ステラも、アウルも守れなかった自分に残された唯一の仲間。
記憶が無くなってもいい。生きてさえいてくれれば…!
“デストロイ”に接近して燃え盛るコックピットハッチに必死に手を伸ばす。しかし、次の瞬間目の前に網膜を焼くような閃光が広がりフィーネは反射的に目を閉じた。
“アレウス”は爆風に吹き飛ばされ、フィーネは張り裂けるような悲鳴をあげた。
「スティング!」
巨大な炎の塊を見つめたフィーネを、どす黒い感情がのみ込んでいく。
「どうして…」
血を沸騰させるような憎悪が全身を駆け巡り、やがて身体の中心で禍々しい塊となって弾けた。
フィーネは天に向かって吼えた。
「どうして!あんたはッ…!!」
曇天に君臨するシルバーフレームの機体。
“フリッグ・スキャルブ”
フィーネがこの戦いで討つべき怨敵だった。
「どれだけ奪えば気が済むの!?」
そのモビルスーツも、ジークも…
私が諦めたものを側に置いておいて、残された唯一の大切な人まで奪うのか。
頭上に降り注ぐ熱線の雨をかわして、フィーネは“アレウス”のペダルを思い切り踏み込んだ。
敵機もこちらに急下降する。
互いに斬り結んだ瞬間、2機の間に激しい閃光が瞬いた。
「…スペアとは今日でお別れよ」
あの場所で、私は確かに欠陥品だったのかもしれない。銀色に光る“芸術品”には成れなかった。
だが、今は“アレウス”がある。
やっと手に入れた私だけの“力”…
「あんた達なんて所詮は旧式!そろそろここで死んでくれないかな!?」
的確に急所を狙ってくる鋭い攻撃をかわしながら、“彼女”の唇から歓喜が漏れた。
さっきまでのただ大きいだけののろまとは違う、息もつかせぬ猛撃は“彼女”が好む戦い方だった。
機体を後退させながらライフルを連射するが、純白のモビルスーツはその射線をくぐり抜けてこちらに向かってきた。その様は空から舞い散る雪によく映える。
「やっぱり、好きよ!あなた!」
強いだけじゃない。動作の一つひとつが舞うように美しい。
この機体の魅力をここまで引き出せる“部品”とは、どんな姿をしているんだろう?
男の子?
女の子?
こんなに他の機体の“部品”が気になるなんて初めてだ。
「“わたし”にとっての一番は“アーシェ”だけど…」
一気に距離を詰めてきた“アレウス”の斬撃を寸前でかわす。
「あなたとも相性悪くない気がするわ」
虚空を斬るかたちとなった機体が僅かにバランスを崩した。“彼女”はすかさずトリガーを引いた。
しかし、確実に機体中央部を狙ったはずのビームの先に純白の姿は無い。一瞬で照準から消えた“アレウス”に目を見張る。
次の瞬間、ライフルをグリップしていた右腕に衝撃が走った。
――後ろから!?
死角から現れた“アレウス”の斬撃によって削ぎ落とされた右腕が無残に落下していく。
機体を立て直そうと距離を取るが、“アレウス”の猛追は止まらない。
いつの間にか、“彼女”の顔から余裕の色は消えていた。
この機体、以前クレタ沖で戦った時よりずっと強くなってる…
あの時も狂戦士を思わせる鬼気迫る戦い方だったが今日はそれ以上だ。
一気に間合いを詰められたかと思えば、下から振り上げるように光刃がはしった。
激しい火花を散らしてコックピットハッチが裂ける。
“彼女”の中に一気に寒風が吹き込んできた。
「この程度では止まらないわよ!」
ハッチの表面を削がれた程度ならただのかすり傷だ。
“彼女”は残る左手でサーベルを抜くと、再びフルスピードで相手に向かう。
「ッ…!」
途端、“彼女”の中で“部品”が小さく呻き声をあげた。
“部品”はコックピットで背中を丸めて激しく咳き込むと、やがて血を吐き出した。
――しまった!
“彼女”の表情が凍りつく。
敵の猛撃に合わせるのに夢中で“部品”にかかる負担を失念していた。
内部の損傷だけではない。先ほどのコックピットへの攻撃で飛び散った破片が、“部品”の体を傷つけていた。
“部品”は浅い息を繰り返しながらも操縦レバーを握る手を離すことは無かった。だが、その動きは大幅に性能が落ちている。
“彼女”の動揺を敵は見逃さなかった。
急迫して懐に入り込んだ“アレウス”は、残る左腕を斬り落とす。
圧倒的な速さだった。左腕に向けて光刃が舞ったのを頭が認識した時には、既に脚部までも破壊されていた。
成す術なく大破した銀色の身体が雪原に落下していく。
――嗚呼、やっぱり素敵
薄れゆく意識の中で、“彼女”は自分を見下ろす純白のモビルスーツに微笑んだ。
「あなたの名前、なんていうのかしらね…」
――アーシェ、大丈夫かな?
“わたし”にはこの子しか居ないのに、壊れてしまったらどうしよう…
その時は、あなたを乗せてあげてもいいかな。