「イザーク」
対峙する純白のモビルスーツを見据えたまま、ジークは隣の“グフイグナイテッド”に呼びかけた。
「アーシェを頼む」
大破して動けなくなった“フリッグ”からは何の応答もない。破損したコックピットハッチから覗いた内部には、ぐったりと動かない身体があった。
ジークは顔を強張らせる。
これまでの活躍ぶりから、“フリッグ”の能力を過信してしまっていた。ここまでやられるなど想定外だ。
「急いでくれ。この白いのは、俺がやる」
《了解…!》
イザークの声にも焦りが滲む。
“グフ”が“フリッグ”を抱えて戦線を離脱していくのを横目で確認して、ジークは“フェンリル”の両腰からサーベルを抜いた。
「フィーネ」
目の前の敵機に呼びかける。
「ヘブンズベースは堕ちた。もう終いだ」
既にヘブンズベース基地の守備の要であった“デストロイ”は全て破壊され、地球軍側の艦隊は動きを止めている。
もう間もなく停戦の報せが入るだろう。
残ったモビルスーツが散り散りに撤退していくなか、“アレウス”が退く様子はなかった。
「いいのか?撤退しなくて」
もとより、今日は撤退を許すつもりはなかった。
再び名を呼んでも彼女から返答はない。
沈黙を続ける“アレウス”は、ゆっくりと片腕でサーベルを構えて戦う意志を示した。
“フリッグ”と戦っていた時とは違う、落ち着き払った動作だった。
しばらく睨み合いを続けるうち、“フェンリル”のコックピットに敵司令部が降伏したという報せが入る。それを合図としたかのように、突如“アレウス”がこちらに向けて急加速した。
斬撃を真正面から受け止めて、ジークは目を見張る。
以前交戦したときより段違いのスピード。切り結んだ光刃は、片腕の”アレウス”の方がパワーが上だった。
ジリジリと後方に押されていく自身の機体に、ジークの胸に驚きと悦びが湧き上がる。
「ほんと、いい女だな…お前」
彼女は会う度に強くなる。
ここまでの素体を“欠陥品”とした製作者の見る目の無さには、ほとほと呆れてしまう。
ジークは呆れたようなため息をついた。
こんなにも魅力的な“芸術”が否定される世界ならば、やはり自分は一生かかっても芸術を理解出来ないだろう。
ヴァルハラを出てから、ジークは両親からエアリスの嫡男として相応しい教養を叩き込まれてきた。あらゆる分野に精通するよう努力しても、唯一芸術だけは理解が出来なかった。
美しい音楽、美しい絵画…
より多くの美しいものに触れて見る目を養えと父は言ったが、どれもジークの心を動かすだけの“美しいもの”ではなかった。
ジークは未だにそれらが生きるうえで何の役に立つのか分からない。
だが、今目の前にある“芸術品”だけは違う。
――どんな手段を使っても手に入れたい。
ジークは皮肉にも、自身が「クズ」だと軽蔑したアルフォンス・ヘインズが創り出した“芸術品”に狂信的に取り憑かれていた。
「悪いな、フィーネ」
全身を鋭く突き刺す殺意に、黒い瞳が妖しく笑った。
美しいその機体ごと無傷で手に入れるのが理想だったが、この状況ではそんな贅沢は言っていられない。
「今日は手加減してやれない」
斬り結んだまま、“フェンリル”の腰の実態弾を放つ。
至近距離から砲弾を受けた機体が、激しい衝撃を受けて後方に吹き飛んだ。
相手が体制を整える隙を与えず、フルスピードで間合いを詰める。無防備な懐に入り込んで、サーベルを縦横無尽に振り上げた。
“アレウス”の右腕、続けて頭部が吹き飛び、破片が宙を舞った。
後方によろめいたその機体に追い打ちをかけるように思い切り蹴り付けると、純白の戦士は激しい雪煙をあげて地面に叩きつけられた。
“アレウス”が鈍い音を立てながら弱々しく身体を起こそうとするが、すかさず胴体を踏み付けて抑え込む。
「無駄だ」
圧倒的な力の差。
勝敗がつくのはほんの一瞬だった。
息ひとつ乱さず、ジークは抑揚の無い声で言い放つ。
「お前は、これまで一度も俺に勝ったことないだろ」
彼女との“戦争”は好きだ。
戦場を舞うような美しい姿に魅了され、その鋭い切っ先を向けられるスリルは、自分に言い表せないほどの悦楽をもたらした。
だが、それももう飽きてしまったのだ。
これからは敵として対峙するのではなく、自分の傍らに…自分の庇護下に置いておきたい。
力を持たず姑息な手段でしか世界を動かせない愚かなナチュラル共が、彼女を所有するなど烏滸がましいにも程がある。
――フィーネ・ハゼットこそ、唯一無二の“芸術品”だ。
「フィーネ」
踏み付けた“アレウス”の装甲が歪な音を立てて拉げた。
「フィーネ」
美しいそれは、名の響きまで美しい。
コックピットに銃口を突き付けながら、黒い狼はその歪んだ唇から溢れる想いを吐き出した。
「愛してるよ。フィーネ」