《陥落したヘブンズベースからは、ロゴス幹部が連行されたもようです。身柄を拘束された幹部らは、今後地球連合とプラントが共同で開設する国際法定において――》
医務室のベッド横に設置されたテレビから流れるニュース映像を、ネオ・ノアロークは硬い表情で見つめていた。
ヘブンズベース陥落…
地球連合軍の大佐として敗戦の知らせを嘆かなければならないのだろうが、今のネオはテレビが伝える自軍の無残な状況をどこか他人事のように感じていた。
重いため息をついて、あたりの見知らぬ景色を見回す。
“アークエンジェル”
今、ネオが居るのは過去何度も自身が指揮する作戦を邪魔してきた不明部隊の艦だ。
西ユーラシアの都市侵攻に出た際、“フリーダム”に敗れたネオは、気が付くと苦汁を飲まされた敵艦に捕らえられていたのだ。
何故、自分だけ生き延びてしまったのか…
ネオはブロンドの前髪をかきあげて、普段は仮面で隠していた傷跡が残る顔に苦渋の色を浮かべた。
クレタ沖の戦いでアウルを失った。残されたステラ達は自分が守らねばならないと、鬼になる覚悟で臨んだ作戦に失敗したというのに、自分はいま生きている。
なんて情けない姿だろう。
ふと、もう一人の少女の顔が頭を過ぎる。
「みんなが居なくなるのは怖い」と言った彼女は、独りになった今どうしているだろうか。
もし、フィーネもヘブンズベースに居たら…
悲痛な想いを巡らせていると、医務室のドアが開いた音がした。
顔をあげてドアの方を見遣れば、ブラウンの髪の女が居た。
「どう?身体の具合は…」
彼女はぎこちない笑顔を浮かべて、持ってきたトレイをベッド脇のテーブルに置いた。
「少しは何か食べる気になったかしら」
「…この状況で、こんなもの見せられたら食欲なんて湧かないさ」
ネオは素っ気ない口調で言って、顎でテレビ画面を指してみせた。
彼女もそれを見つめて「ああ…」と憐れみのような声を漏らす。
マリュー・ラミアス。
目覚めた時、彼女はネオにそう名乗った。
この“アークエンジェル”の艦長だと。
ネオは敵艦を指揮していたのがこの物腰の柔らかい女性であることに驚いた。
さらに驚いたのは、彼らの自分に対する態度だ。
捕虜として捕えたにしては、ここのクルーは皆優しすぎるのだ。
「…なぁ」
何も言わずこちらを見つめてくる彼女に訝しげな視線を向ける。
「俺は、君達が思っている人ではないぞ」
そう言うと、彼女の瞳が一瞬動揺したように左右に揺れた。
「俺は、地球連合軍のネオ・ノアローク大佐だ」
“ムウ”
“フラガ少佐”
ここのクルーは口々に自分を知らない名で呼んだ。違うと語気を荒げて否定すれば、彼らは悲しげな表情でこちらを見てきた。
彼らのその顔がネオは心底不愉快だった。
特に目の前の彼女は、その“ムウ”という男と特別な関係だったのだろう。
初めて会った時に酷く動揺して涙を流していた。
「あんた達のいう“ムウ”ではないし、連合の士官としても君達に何か有益な情報をあげられるわけでもない。必要ないなら、殺すかそこら辺に放り投げてくれるか」
可哀想だが別人である以上自分は彼女の気持ちには寄り添えない。
厳しい表情で見つめると、彼女は「そう」と小さくため息をついた。
「ここに居たくないというなら逃げ出してもいいわ」
「はぁ?」
「でも、貴方その身体では動けないでしょう?帰る場所も今は大変な状況だし…少しゆっくりしていったら?」
彼女の表情にネオは戸惑った。
全てを包み込むような優しい微笑み…
自分に向けられるあたたかな眼差しを、ネオはずっと前から知っているような気がした。
「動けるようになったら好きにすればいい」
そう言って彼女は立ち上がると、ネオの向かいのベッドに振り向いた。そこに横たわるもう一人の負傷兵を労るように肩にそっと手を置いて、医務室を後にする。
閉ざされたドアを呆然と見つめたネオは、しばらくして視線を向かいのベッドへ向けた。
そこに居るのは、一人の少年だ。
酸素マスクを取り付けられた端正な顔が、時折苦しそうなうめき声をあげて歪んだ。滲んだ汗でインディゴブルーの髪が額にはりついている。
余程怖い夢でも見ているのだろうか。
彼は医務室に運び込まれた時、ザフトの軍服を着ていた。
連合の士官であるネオにとって敵兵とベッドを並べて過ごすというのは、何だか居心地が悪かった。
どうやらこの艦は、拾いものが好きらしい。
いったい、何なんだ。ここは…
度々こちらの作戦を邪魔しておいて、連合の自分やザフト兵のこの少年を助けて何か見返りを求めることもない。
自分の捕虜の立場を抜きにしても、とにかくここは不可解なことが多くて居心地が悪い。
艦長の女のあの悲しげな顔も、口々に知らない名を呼んで遠慮がちに話しかけてくるクルーも、赤の他人…敵兵のはずなのにどうも引っかかる。
暗鬱な表情で思考を巡らせるネオの耳に、なおも自軍の大敗を報せる事務的な声が冷たく響いた。

《今回の作戦で多くのロゴス幹部が身柄を拘束されましたが、ブルーコスモス盟主ロード・ジブリール氏の行方は未だに分かっていません》