「――それで?この子がなんの“重要参考人”なのかしら?」
タリアは取調室のデスクの上で手を組んで、目の前に座る捕虜に訝しげな視線を向けた。
捕虜服を身に纏った地球軍の兵士の少女は、手錠で後ろ手に拘束されて椅子に座っていた。両足は椅子に固定されている。
少女は表情を変えずにこちらを真っ直ぐ見つめ返した。
タリアはその顔に内心動揺していた。
これまで執拗にミネルバ隊を攻撃してきた地球軍のモビルスーツ、“アレウス”。
ジークがそのパイロットを捕らえて帰艦すると、ミネルバのクルーは騒然とした。
敵兵の顔は、アーシェ・ヘインズと瓜ふたつだったのだ。
髪色は淡いブルー。オッドアイの片側は深海を思わせた。
アーシェと同じ色だ。
ブルーとグリーンの瞳が妖しく光る。
冷たさを感じるほど美しい少女だと思った。アーシェと初めて会った時もその容貌に目を見張ったものだが、同じ顔でも醸し出す雰囲気は全く違う。
少女からは捕らえられたことの焦りも恐怖も感じられなかった。
「見たところ士官ではなさそうね?いったいこの子から何を引き出せるっていうの?」
自分の隣に立つジークに尋ねると、彼は少女を真っ直ぐ見据えたまま答えた。
「こいつはロード・ジブリールの私兵です」
「ジブリールの?」
年頃はミネルバのパイロット達と同じように見えるこの少女を、ブルーコスモスの盟主はわざわざ私兵にしていたというのか?
「連合のなかで誰よりも奴の近くに居て、行動パターンを把握している兵士です。捕えたロゴス幹部が奴の逃亡を知らなかったとなれば、残る手掛かりはこいつでしょう」
ジブリールの逃亡先…それは、今ザフトが一番欲しい情報だった。
ブルーコスモスの盟主を討たないことには、デュランダルが掲げるロゴス打倒は成し得ない。
その手がかりが、今目の前に居る。
タリアは思わず息をのんだ。
「あなた、お名前は?」
ゆっくりと慎重に少女に尋ねる。高圧的な尋問はかえって相手の口を固く閉ざすだけだ。
それまでキツく唇を結んでいた彼女は、意外にもあっさりと口を開いた。
「“ジェシー”」
形の良い唇から発せられたその声まで、アーシェと同じだ。
タリアはこの状況に混乱し頭を抱える。
そろそろ自分は心労で倒れるのではないか…
「そう、ジェシーね…」
途端、横でジークが舌打ちをした。
「悪ふざけはよせよ。フィーネ・ハゼット」
タリアはハッと顔を上げた。
ジークは一度タリアに視線だけやって短く答える。
「本当の名だ」
「知り合いなの?」
タリアの脳裏にあの苦い経験がよぎった。
ロドニアで捕えた連合の強化人間エクステンデッド―ステラ。
それに情を移して暴走したシン…
―――まさか、この男…
「長く戦場に出ていれば、敵兵との因縁のひとつやふたつありますよ。こいつも戦歴は長い。ここに来る前から何度か交戦経験があります」
タリアの疑念を察したかのように、彼は肩を竦めてみせた。
「2年前、“パナマ攻略戦”に参加した際に自分が捕虜とした兵士です。情けない話ですが、自分の不注意で逃亡を許しました」
その話に、目の前の少女が笑い声をあげた。
「え、そうなの?」
長いまつ毛に縁取られた大きな瞳をパチパチとさせ、驚いたというようにジークを見る。
「ごめんなさい。私、忘れっぽくてね…そんな遠い昔の話なんてさっぱり」
そういえば、“ステラ”も記憶をいじられていた。
目の前の彼女に、以前見た強化人間エクステンデッドの姿が重なった。
「連合の記憶操作は今更驚くことじゃない」
ジークは冷静に返す。
“アレウス”のパイロットということは、やはり彼女も普通のナチュラルではないのだろう。
タリアは憐れみのような感情を覚えてジークに尋ねる。
「この子も強化人間エクステンデッド?」
「いいえ」と彼は首を横に振った。
「こいつは、本来ならこちら側の人間…コーディネーターです」
「ええ!?」
タリアは耳を疑い、改めて目の前の少女を注視した。彼女はタリアの訝しげな視線に、無邪気な笑顔で返してみせた。
あのコーディネーター殲滅を謳うブルーコスモスの盟主は、コーディネーターを側に置いていたというのか。
――ますますわけが分からない…
唖然としながら、再び姿勢を正した。
とにかく、その数々の疑問は彼女本人に問い質さなければ解決しないだろう。
「端的に聞くわ。ロード・ジブリールは何処へ行ったの?」
「知らないわ」
フィーネは大げさなため息をついて、首を横に振ってみせた。
「“教えない”じゃなくて“知らない”」
「フィーネ」
ジークが咎めるように彼女の名を呼ぶ。
「本当よ?ジブリールの私兵っていったっていつも全てを教えて貰えるわけじゃないわ」
取調室に痛いほど張り詰めた空気に、フィーネは動じる様子もなく余裕の笑みを浮かべていた。
「いいわ。最初から素直に答えてくれるとは思っていないもの」
タリアは肩を落とした。
「じゃあ、一度話題を変えましょう。貴女、年齢は?戦歴は長いってさっき言ってたけど」
「たぶん…17」
「たぶん?」
「自分でも分からないの。出生データが無くてね、製造年しか知らない。戦歴は、いつからだろ…?開戦前から何かしらで人を殺してたけど…」
はっきりした生年月日が分からない、地球軍所属のコーディネーター…
随分と複雑な境遇の少女のようだ。
タリアは自分が今また面倒事に首を突っ込んでしまっている気がして、暗鬱な気分になった。
「なぜ、コーディネーターの貴女がジブリールの私兵に?なぜ同胞であるはずの私達を相手に戦ってるの?」
「コーディネーターが嫌いだから、かな?それともともと“戦争”が好きだったから。あとは…」
「んー」と、フィーネは何かを考え込んで視線を泳がせると、今度は閃いたようにパッと眼を開く。ころころと表情を変える様は愛らしくも思えた。
フィーネは前のめり気味にタリアの顔を覗き込むと、含みのある笑みを浮かべる。
「艦長さんは、大人の女性だから大体察しがついてるんじゃない?」
その表情にタリアは一瞬ドキリとした。
自分より随分年下の少女の独特な“女”の雰囲気に圧倒されている自分に動揺する。
どんなにこの少女が兵士としての高い能力を持っていたとしても、それだけでブルーコスモスがコーディネーターを私兵とするとは考えにくい。
この作り込まれた容貌と年齢にそぐわない艶かしい雰囲気…
タリアの頭に、一瞬低俗な憶測が過ぎった。これまでだって理不尽な戦争の現実を見てきた。だが、同じ女として、大人としてそれは受け入れ難いものだった。
直ぐにそれを頭から振り払おうとするが、無情にも彼女は嫣然と笑ってタリアの憶測を肯定した。
「私ね、地球軍では“飼い猫”って呼ばれてるの」
「飼い猫…?」
「そう、ジブリールの愛玩用だよ」
面食らったタリアをよそに、彼女は機嫌良く答える。その口調は今自分が捕虜として尋問を受けている立場だとは微塵も感じさせない。
「ジブリールの為に人を殺して、ジブリールの為に可愛く鳴いてご機嫌を取るの。ああ、たまに他のロゴスのおじ様の相手もしてたけど…それが、私の役割。私、兵器としても愛玩用としても優秀だから、彼は私がコーディネーターだってことは大して気にしてないのよ」
「…いい加減にしろよ、お前」
ジークが低く唸った。
彼のキツく握りしめた拳が震えるのを視界の端で捉えて、タリアは眉を寄せる。
ここまで苛立ちを隠さない彼の姿は初めてだ。
常に冷静沈着、餓狼などと恐れられる彼がたった一人の捕虜の少女にここまで感情を露わにするのはどういう理由があるのだろう。
彼が言う彼女との“因縁”とは何か…
フィーネはそんなジークの様子を気にも留めず、タリアに向けて語り続ける。
「ただの愛玩動物ペットは飼い主に求められるがまま鳴くだけよ。難しい話なんて何も教えて貰えない…だから、本当に知らないの。ジブリールが次に何処へ行くかなんて」
「ごめんね」と、首を傾げて笑うその姿は少女というには過ぎた色香を含んでいた。
言葉を失うタリアの横で、ジークが顔を歪めて再び大きく舌打ちをした。