ミネルバの格納庫。ただの鉄塊となった白いモビルスーツを前にして、グレイが呆れたように深いため息をついた。
「やっぱり、一発殴るだけじゃ足りねぇわ」
隣に立つジークを横目で睨む。
「二発…いや、お前一回殺されとけよ。アーシェに」
2人の目の前にあるモビルスーツは“アレウス”
そのデータを取るために、整備士たちがコックピットを調べている最中だった。
「お前なら一回くらい殺されても大丈夫だ。すぐ地獄から這い出てくるだろ」
“アレウス”から視線を外さないまま、ジークは謝罪の言葉を吐いた。
「すまなかった」
「俺じゃなくて、アーシェに言え。あんなになるまで…何やってんだよ」
グレイは“アレウス”の横にある銀色のモビルスーツを顎で指した。同じく大破した“フリッグ”がそこに横たわっている。
命に別状は無いといっても、アーシェは未だに意識が戻らない。
イザークが彼女達の戦いに介入するのが遅れていれば、あのままアーシェはフィーネに撃たれていただろう。
「もっと早くに打ち明けとくべきだったんだよ…あの子のこと。そうすれば、こんな不毛な殺し合いは避けられた」
グレイの言うとおりだった。
“フリッグ・スキャルブ”の部品として造られた少女と、そのクローン。
どちらも愚かな大人の虚栄によって生み出された被害者だ。
哀しい運命を背負わされたもの同士が殺し合いをして何になる…
いつかは伝えなければいけないと理解しつつも、ジークはずっとアーシェに打ち明けられずにいた。
任務を共にするうちに彼女の純粋無垢な姿に心を許し、優しい彼女が自身の出生の闇を知って絶望する姿を見たくなかった。
誰より他人を想う彼女は、きっと苦しむだろう。
「やっぱりアーシェが入隊したタイミングだった。情を移しちまう前にさらっと言っとけばよかったんだよ」
グレイは肩を落とした。
「俺もアーシェのことは気に入ってるんだ。良い奴だろ?あいつ…俺らと同じ生き物のようで、全然違う」
「ああ…」
「あんな状態を見るのはキツい…」
グレイは沈痛な面持ちで前髪をかきあげた。
『でも、良かったです』
ジークは、以前自分に笑いかけたアーシェの姿を思い出した。
『生きてるんですよね?フィーネさん』
あの優しい無垢な笑顔を見たとき、ジークは自分がいかに愚昧な獣であるかを痛感した。
フィーネは手に入れたい…
アーシェも悲しませたくない…
2人の間で揺れる想いに気付いて、ジークは自分自身を軽蔑した。
「ほんと、お人好しだな…お前は」
ジークの心情を全て見透かしたように、グレイが言い放った。
「いや、違うな…お前は強欲なんだよ」
その厳しい言葉に、ジークは「その通りだ」と苦笑した。
「…そうだ。全部欲しい」
この国でのし上がる為の力も、愛した女も、仲間からの信頼も…何一つ欠けることなく、自分のものにしておきたかった。
「あんたなんか知らない」と冷たく言い放った愛しい人の拒絶は、そんな身勝手な自分を見透かしているようにも思えた。自分のことを忘れた彼女が向けたあの眼は、敵兵に対する憎悪というより、愚かな獣に向ける軽蔑と哀れみだ。
「だがな、グレイ…」
黒い瞳を伏せ、ジークは静かに吐き出した。
「今更、後に退けないんだ。退く気も毛頭ない」
――欲しいものは全て手に入れる。
――拾ったものは全て守ってみせる。
「強欲を押し通すだけの力は持っている」
迷いのないその横顔を、グレイは呆気に取られたように見つめた。
「エアリス隊長」
目の前の“アレウス”のコックピットから、マッド・エイブスが声をあげた。
コックピットから現れたエイブスは、「ちょっと…」と険しい表情でジークのもとに歩み寄った。
「やはり、隊長の見立て通り大まかな仕組みはフリッグと同じでした」
「そうか…」
「特定のパイロットが搭乗することを前提に造られています。ただ、フリッグと比べると荒削りな印象ですね。パイロットにかかる負荷は相当大きい。仮に乗るのがコーディネーターだとしても、これは乗るたびに命を削るような代物ですよ」
その説明にジークは顔を歪める。
“フリッグ・スキャルブ”は、部品であるアーシェの脳と同期することでその性能を最大限に発揮出来るように造られている。
ジークはフィーネの“アレウス”の戦いぶりから“フリッグ”との共通点を見出していた。
ジブリールはどこまで彼女の性能を把握していたのだろうか。彼女自身もヴァルハラ以前の記憶は無かったはずだが…
「技術者として私個人の意見ですが、“フリッグ”も“アレウス”も、これを造ろうという考えに至る輩には嫌悪を覚えます。人を人と思っていない。それに…」
エイブスは重い表情で銀色のケースを差し出した。
アルミ製の小さなアタッシュケース。
「コックピットにありました」
ジークは眉を顰めてそれを受け取る。
ケースを開くと茶色の薬瓶が並んでいた。
一見すると栄養ドリンク剤にも見えるそれを手に取って、徐に揺らしてみる。
ただの栄養ドリンクならコックピットに持ち込むわけがない。何か特別な薬であることは、すぐに分かった。
「何だ?それ…」
グレイが横から覗き込んで怪訝そうに尋ねる。
「これは…」
ケースの中に陳列された数本の瓶のひとつは既に空だ。
ジークは驚愕の表情を浮かべて、エイブスを見る。
エイブスは顔を強張らせて頷いた。
「専門外なのではっきり言えませんが…停戦後、資料で読んだことがあります。特殊な機体ですし、“部品”の機能強化の意味合いがあるのでは…?」
グレイもやっとその薬の中身を理解して、ジークを見た。その顔に焦りが滲む。
「ジーク…これって、まさか」
次の瞬間、ジークはそれを握り締めて駆け出していた。