耳元で自分の名を呼ぶ懐かしい声によって、アスラン・ザラの意識は長い悪夢から解放された。
ぼんやりと霞む視界が次第に晴れていき、自分を覗き込む少年の顔がはっきりと見えた。
「キ…ラ…?」
掠れる声でその名を呼ぶと、少年は紫の瞳に安堵を浮かべて微笑んだ。
死んだはずの友だ。
儚げな笑みを浮かべる目の前の少年は、“フリーダム”のパイロットだ。“フリーダム”は、シンの“インパルス”によって撃墜された。その彼が目の前にいるということは、やはり自分も…
「ここ、は…?」
真白い天井を見上げて、まだ覚醒仕切らない頭を必死に巡らせる。
無機質なそこは、とても天国などといった優しい世界には思えない。
「アークエンジェルの医務室だよ」
少年はフフッと柔らかく笑った。物腰柔らかなその仕草は、昔から変わらない。
「アークエンジェル…」
刹那、アスランの頭に自分に降り掛かった出来事のすべてが蘇り、慌てて身体を起こそうとした。
「ッ…!?」
激痛が全身を襲い、思わず身体を丸めた。
「ああ、駄目だよ…!まだ動いちゃ!」
「俺、なんで…」
その鋭く刺すような痛みに、自分が確かに生きていることを実感する。
脳裏を過ぎる切っ先を向けて急迫する“デスティニー”の姿。あの時、“デスティニー”の剣は確かに自分が操縦する“グフ”を貫いたはずだ。
「キサカさんが連れてきてくれたんだよ。スパイとしてジブラルタルに潜入していたんだって…」
レドニル・キサカ。オーブ陸軍特殊空挺隊所属の軍人で、カガリのお目付役だ。
ロゴス討伐のために各国から集まった義勇軍で溢れかえっていたあの状況なら、確かにスパイとして侵入するのは容易だっただろう。本当のスパイが紛れ込んでいることにも気付かず、何の罪もない自分をスパイに仕立て上げるとはなんとも滑稽なことだ。
皮肉めいた笑いが込み上げるのを感じながら、アスランは痛む身体を再びベッドに預けた。
「本当にびっくりしたよ。カガリなんて、ずっと泣きっぱなしで…」
「カガリ…」
その名をぼんやりと呟いて、アスランは目頭が熱くなるのを感じた。
その名を口にするのは随分と久しぶりのように感じる。誰よりも愛しい人の名だ。
アークエンジェルも、カガリも無事だったのか。てっきり“エンジェルダウン作戦”によってみんな討たれてしまったものだと思っていた。
ホッと息をついたのも束の間、今度は激しい自責の念がアスランを襲った。
そうだ。彼らを苦境に追いやったのは、自分でもあるのだ…
「キラ…俺は、お前たちに…ひどい、ことをッ…」
自分は友に愛した人に、酷い仕打ちをした。大切なものを守りたいという想いが、結果大切なものを裏切る結果となってしまった。
「俺は、ただ…守りたかった…」
自身の過ちを改めて痛感し、アスランの頬に涙が伝う。
伝えなければならない。
今のプラントの真実を。
ギルバート・デュランダルの思惑を。
これからキラの前に立ちはだかるであろう、あの戦士の存在を…
「キラ。議長、は…プラントは…世界を…」
言葉を発しようにも、全身を襲う痛みとこみ上げて来る涙で上手く言葉を紡げなかった。
「アスラン…」
キラはそっとアスランの肩に触れ、「もういい」とアスランの言葉を制した。
「大丈夫。焦らなくても僕達はまたゆっくり話せるよ。だから、今は眠って」
その微笑みに張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れ、エメラルドの瞳は再びゆっくりと閉じられた。
胸に広がるあたたかな感情は、アスランの意識を穏やかな夢の中へと