――どうしてこうアクシデントが続くのか…
割り当てられた基地宿舎の部屋の中で、ジークは額に手を当てて重いため息をついた。
目の前のデスクトップに映る人物は、そのため息にジークの落胆と苛立ちを感じ取ってビクリと肩を震わせた。
《…申し訳ありませんでした》
エアリス隊秘書官、クロエ・アルカデルトが今にも泣きそうな顔で謝罪の言葉を絞り出した。普段凛とした態度の彼女のその顔に、ジークは慌てて「すまない」と謝罪する。
極秘任務であったラクス・クライン率いる“エターナル”討伐作戦が失敗した。
キラ・ヤマトという最大の力を失った今ならエルヴィンとイルミを先陣として数名の特務隊を率いて撃墜出来る見込みだった。
クロエの報告によると、予定通りこちらに有利と思われていた戦況のなかに突如乱入者が現れたのだという。
そのたった1機の乱入によって戦況は覆され、宙域のザフトの戦艦、機体は全て戦闘不能に追い込まれたと。
エアリス隊の母艦ディオニソスも甚大な被害を受けた。撃沈こそ避けられたが攻撃によって起きた爆発に巻き込まれた数名のクルーが生命を落とし、イルミとエルヴィンの機体は廃棄せざるを得ないほど大破した。
さらに、その乱入した敵機の特徴がジークの頭を悩ませた。
クロエが困惑した様子で報告する。
《あの機体は…確かにフリーダムでした》
「フリーダム…」
ディオニソスから送られてきた録画映像を睨む。
青と白を基調としたデザインの敵機は、悠然と背中に8枚の青い羽根を広げていた。細部こそ違うものの、それは見慣れた天使の姿だ。
敵の武装だけを奪う不殺の戦い方も、キラ・ヤマトと同様…
まさか、生きているというのか?
彼は、“エンジェルダウン作戦”によってシンが撃墜したはずだった。ジーク自身、その瞬間に立ち会っている。
ふと新たな懸念が頭を過り、ジークは表情を硬らせた。
――アスラン・ザラは、ちゃんと殺せたか?
どちらもトドメを刺したのが自分でない分、その不安は拭えない。
「…イルとエルは?」
幼い2人にとってこれは初めての作戦失敗だ。怪我の具合も勿論だが、もともと不安定な精神状態が心配だった。
「ふたりとも酷く錯乱していて…私の判断で薬を使用しました」
クロエは画面越しの上官の顔色を伺うように言った。
ジークは普段から子供達を薬物投与で抑え込むことを良しとしないのだ。だが、子供とはいっても兵器として育てられてきた2人をクロエだけで抑え込むのは容易ではない。
ジークは沈鬱な表情でかぶりを振った。
「お前が謝ることじゃない」
せめてグレイが居たなら戦況は変わっていたかもしれない。議長の護衛任務など、特務隊にまわせばよかったのだ…
ジークは自分の采配を悔やんだ。
「全て俺の責任だ」
オーブに逃げ込んだジブリールは自らの手で討ちたいが、自身の部隊がこの様な状況ではそれも難しくなった。
今回犠牲になったクルーの弔いもしなければならない。エアリス隊は、“ヴァルハラ製”をはじめその他の研究所で不遇な生まれを持つ子供達を集めて編成された部隊だ。身寄りのない彼らの弔いは長であるジークの役目だ。
「すぐにグレイを戻す。イルとエルには新しい機体を手配してやる。留守番を頑張ってくれた“褒美”だと伝えておいてくれ」
「承知しました」
「…クロエ」
「はい」
「お前には、苦労をかける…」
目の前の有能な秘書官は、どんなに我儘な要求にも即座に対応してくれる。苦労もひとしおであることは充分に理解し感謝していた。
その言葉に彼女は一瞬驚いたように目を丸くし、はにかんだような笑みをみせた。
「貴方の為ならば」
部下たちは皆そう言って付き従ってくれる。
先の大戦でも、自分に忠誠を誓った多くの獣の命が無謀な作戦に駆り出され、散っていった。
残った彼女達だけは守りきらなければならない…
「無事のご帰艦お待ちしております。エアリス隊長」
「ご武運を」と彼女は凛々しく敬礼をして回線を切った。
ジークは暗くなったデスクトップをしばらく見つめ、やがてデスクに置いた小瓶に視線を移して表情を陰らせた。
鮮血を思わせる色の錠剤は、先ほどデュランダルから受け取ったものだ。
あの後、ジークは自身の望みをデュランダルに打ち明けた。
『フィーネ・ハゼットを、エアリス隊に迎え入れたい』
もともとアーシェと同様にプラントの為に戦う兵器として造られたのなら、その高い能力はこちらで使うべきだと。デュランダルが納得しそうな理由を並べて懇請すれば、彼は先に「反対しない」と告げた通りあっさりと許諾した。
そして、満足げな顔でこの薬を差し出したのだ。
「君が監理するんだ」とロード・ジブリールの飼い猫の手綱を自身の番犬に委ねた。
「監理…」
低く呟いたその言葉が、ジークに重くのしかかる。
自分にジブリールの幻影を重ねて助けを求めたフィーネ…
媚を売るように擦り寄って飼い主の名を呼んだ彼女の忠誠が、この薬によって今度は自分に向くのか?
――欲しかったのは、忠誠ではない。
自分のところに来いと、側に居ろと、これまで何度も彼女を求めてきた。
やっとその望みが叶うというのに、今ジークの胸中を占めるのは虚無感だけだった。