ミネルバの通路で鉢合わせた人物に、ルナマリアは驚いたように声をあげた。
「え…アーシェ!?」
艦長室から出て来たアーシェはしっかりとした足取りでこちらに向かってくる。
その驚きようにアーシェはキョトンとして首を傾げた。
「なに?そのお化けを見たみたいな反応…」
「ちょっと傷付く」と、アーシェは大袈裟に肩を落として見せた。
「だって…もう動いて大丈夫なの?身体…」
アーシェはヘブンズベースで負傷し、余談を許さない状態だった。より精密な検査が必要だと、ここジブラルタルに入港してから直ぐ基地内の病院に移された。
見舞いに行った時、全身に管を繋がれて眠る彼女を前にしてこのまま目覚めないのではないかと不安になった。それからまだ数日しか経ってないというのに、彼女の様子は以前と変わらないように見える。
「大丈夫よ」とアーシェは笑った。
「まぁ、まだ色々と残ってるとこもあるけど…」
軍服の襟元を大きく開けてみせると、胸元に包帯が巻かれているのが覗えた。
「そんなに支障はないのよ。傷もいずれ消すわ」
どういう身体の構造なのか…
怪訝そうに眉を寄せたルナマリアに、アーシェは尋ねる。
「ねぇルナ、うちの隊長しらない?見つからなくて…」
「ああ、たぶんエアリス隊長なら…」
言いかけた途端、ルナマリアは何かを思い出したように口を閉じた。アーシェの顔をジッと見つめ、やがて気まずそうに視線を泳がす。
教えていいものか…
アーシェの上官、ジーク・エアリスの居場所は恐らく基地内の病院だ。
基地に戻ってから、彼は暇を見つけてはそこに通っているとミネルバのクルーは皆知っている。
部下であるアーシェが眠る病室と、もう一室…
本棟から離れた別棟に、隔離された病室があると聞く。アーシェがこうして回復したいま、彼が行く先は一つに絞られた。
そこに居る人物について、今クルーの間では様々な憶測が飛び交っていた。
ヘブンズベースでジークが重要参考人として捕えた連合の兵士は、ロード・ジブリールの私兵だという。
身柄を基地に移送される際、その姿を一目見ようと集まったクルーの人垣の隙間から、ルナマリアもその姿を確認して驚愕した。その敵兵は、親友にそっくりだったのだ。
「ルナ…?」
ルナマリアの異変に気付いたアーシェが心配そうに顔を覗き込む。
病床から解放されたばかりの彼女は、まだ何も知らされていないのだろう。
今艦長室から出て来たということは、艦長は彼女に何も教えなかったのか?
そんなの、違うと思う…
最近の艦長や司令部の対応はやはりおかしい。隠し事ばかりだ。
ルナマリアは表情を陰らせた。
妹のメイリンとアスラン・ザラの件だって、結局大人たちは納得のいく答えを教えてくれなかった…
「悪いのは“スパイ”の彼らだ」と切り捨てるだけで、そうなったまでの経緯は未だに分からない。
アーシェのことも、捕虜が何者なのかは全て憶測でしかないから仕方ないが、それでもヘブンズベースで彼女が対峙した敵のパイロットがここに居る事実だけは教えてあげるべきだ。アーシェの身体をこんなに傷付けたのはあの敵兵なのだから。
その純粋なブルーの瞳に見つめられて、ルナマリアは彼女に隠し事をすることは無理だと悟った。
いずれは、必ず何処かで噂話として聞いてしまうのだ。ならば、友人の私から教えた方がいい。彼女に隠し事はしたくない。
「ごめん。アーシェ…」
ルナマリアは意を決したように小さく息を吐き出し、端的に今分かる事実だけを告げた。