ザフト軍ジブラルタル基地病院。通常ザフト兵が入る病棟とは離れた別棟に、その部屋はあった。
長い廊下の突き当りに見える白いドア。そこから数メートル手前には、門番のように2人の保安要員が左右に待機している。
アーシェが近付くと、2人は驚いた表情を浮かべて「この先はダメだ」と立ち塞がった。
「誰も通すなと、エアリス隊長に言われていますので」
「そのエアリス隊長からの命令です」
アーシェは凜然とした口調で返した。
「急ぎで捕虜に問い質さなければならない事がある」
不信の眉を寄せた彼らを睨む。
「特命です。人払いをするようにと。おふたりもしばらく下がっていて頂けますか」
その冷たく威圧的な雰囲気に、保安要員は互いの顔を見合わせて渋々道をあけた。
先にある白いドアを見据えたアーシェは、ゆっくりと歩を進めながら自身の軍服のポケットに手を添えた。 
先程のルナマリアの困惑した声を思い出す。
『エアリス隊長が“アレウス”のパイロットを捕虜として連れてきたの。女の子でね。ロード・ジブリールの私兵だって…』
ルナマリアは、詳しいことは分からないよ?と前置きをしてアーシェに告げた。
『その子、アーシェにそっくりなのよ』
ポケットに忍ばせた硬いその存在を確かめて、覚悟を決めたようにドアの前に立った。




開いたドアの先にあった現実に、アーシェは凍りついた。
目の前のベッドに横たわるひとりの少女。
柔らかそうなショートヘアは、見慣れた淡いブルー。
静かに寝息をたてる目の前の少女は、自分だった。
閉ざされた瞼が隠す瞳の色は何色だろう。
この唇から発せられる声はどんな音なのか。
何処か違いを見つけようにも、髪の長さくらいしか違わない。
混乱する頭が一度ぐらりと揺らぎ、これまでの断片的な記憶がフラッシュバックした。

『フィーネ』
エアリス隊長に初めて会った時だ…
『知り合いに、あまりにも似てたから』
歯車が再び動き出した日。
隊長は私を見て違う名を呼んだ。

『お前はそのままで居てくれ。隊長の心の平穏の為にもな』
これは、地球に降下する時の副長。
髪を切ればよかったと言った時、副長とクロエに反対された。

『今はお前の顔見るの、きつい…』
ロドニアで疲れた様子の隊長の言葉。切なげに揺れたその眼が映したのは、自分では無かったのだ。

『ジークはお前に隠し事があるんだ』
近いうちその事実と向き合うことになると、副長は曖昧に笑った。その時は殴ってくれて構わないと。

『アーシェ』
冷たいブルーサファイアが自分を見下ろす。
感情の無いその声は、亡き父だ。
『お前には替えがない』

――そうか、この子は…


「フィーネ」
アーシェは無意識にその名を目の前の少女に投げかけていた。
その声に反応したように、少女の瞼が微かに震え、乾いた唇から小さな呻き声が漏れた。
長い睫毛に縁取られた瞼がゆっくりと開く。
現れた瞳はエメラルドとサファイア。
彼女はぼんやりと天井を見上げ、こちらに気付くことなくしばらく何かを考え込んでいる様子だった。
自分と瓜二つのその顔立ちに、“覚悟”を決めて来たはずのアーシェは酷く動揺していた。
ゆっくりと瞬きをするその姿に彼女が確かに生きているのだと実感する。左右異なる瞳は神秘的で、無表情でただ一点を見つめ続ける姿は人形ではないかと疑いたくなるが、やはり生身の“人間”なのだ。
怖気付いたアーシェは思わず後退りをした。
その途端、傍にあったワゴンに身体が触れてしまった。カシャンとワゴン上の医療器具が揺れる音は、静まり返った病室に高く響く。
「あ…」
アーシェが思わず声をあげたのに反応して、少女の顔がこちらに向いた。
オッドアイの瞳に、色を失った自分の顔が映っていた。




目覚めると白い照明の下にいた。
暗く冷たい独房とは一変した景色に、フィーネは眩しそうに目を細めた。
ぼんやりと天井を見つめ、微かに痛む頭で思考を巡らせる。
確か、自分は敵艦の独房の中に居たはずだ。薬切れによる痛みに耐えていたはずなのに、ここは何処だろう。
いつの間にか全身を襲っていた激痛も消えている。
朦朧としていたせいか、おかしな夢を見てしまった。
ジブリールが助けに来てくれる夢。あの男が自ら危険を侵してまで自分を助けに来ることなどあり得ないというのに。
憂鬱なため息をつくと、不意にカシャンと物音が響いた。
「あ…」
同時に誰かが小さく声を漏らす。
声がした方へ視線を向けると、枕元にひとりの少女が立っていた。
自分を見下ろす少女の瞳はブルーサファイア。
彼女が戸惑ったように後退りをすると、見慣れた淡いブルーの髪が揺れた。
「あんた…」
霞みがかった頭が醒めていくうち、フィーネは少女が何者であるかを理解した。
同時に湧き上がった激情が全身を震わせる。
「なんで、あんたが…!」
身体を起こして彼女に掴みかかろうとした瞬間、フィーネの身体は何かに引っ張られて床に叩きつけられた。
ベッド脇にあったワゴンが倒れ、治療器具が高い音を響かせて散乱する。
右足首に痛みを感じて視線をやれば、足枷から伸びる鎖がベッド柵に繋げられ、行く手を阻んでいた。
両手を拘束された状態では、身体を起こすこともままならない。
つくづく自身の無能さに嫌気がさす。
殺し損ねて、死に損ねた。
敵艦に捕えられ、殺し損ねた怨敵を前にして床に這いつくばるとは…
耐え難い屈辱に涙がこみ上げるのを感じながら、フィーネは激しい憎悪を滲ませた視線を目の前の少女に向けた。
床に尻餅をついた少女は、怯えた瞳でフィーネを見つめていた。
『この子、虹彩異色症での欠陥品だろ?』
深いブルーの双眼。これが、製作者が目指した“芸術”の姿か。
『たしか、大企業のご令嬢って話だったな』
“オリジナル”の正体をそう言ったのは、自分を慰みものにした大人たちだった。
彼女が身に纏う軍服は赤。コーディネーターが揃うザフト軍の中でも優秀である証だ。
この子はザフトのエースで、あの銀色の女神のパイロット。
“彼”の側にいても誰からも咎められない。
憎悪と羨望、嫉妬…様々な黒い感情がフィーネの中に渦巻いた。
「なんで生きてるのよ…!」
同じ顔なのに、同じ血が流れているのに…
生まれた時からこの子と私では与えられた役割が違う。
過去の自分、“スペア”の役割はこの子に全てを差し出しすことだった。
「私、あんたに生きていられると困るの!」
フィーネの悲痛な叫びに、目の前の儚げな少女は激しく震える唇を必死に動かして言葉を発した。
「わ…たし…」
ポケットに手を忍ばせ、隠し持っていた殺意を向ける。
「私、だって…」
ゆっくりと自分に向けられた銃口に、フィーネは一瞬目を見張ったが、それでもその顔から憤激が引くことはなかった。
少女は酷く怯えた表情だった。だが、彼女の細い指はしっかり拳銃の引き金にかかっていた。
「私だって、あなたに生きていられると…困る…」
“芸術”として造り出された2人の少女は、その美しい顔を同じように歪め“自分”に向けて憎しみを吐き出した。
「私に、“替え”はいらない」
「私は、“替え”になんてならない」
「ねぇ」同じ音が重なる。

――お願いだから、死んでよ。