「ヘブンズベース戦での功績を称え、シン・アスカにネビュラ勲章を授与するものとする」
ジブラルタル基地司令部。盛大な拍手のなか、デュランダルと硬い握手を交したエースパイロットの姿を、ジークはずらりと並んだ将官たちの列に交じって眺めていた。
金色に輝く勲章を胸に付け誇らしげな表情の少年に、ジークの胸中に皮肉めいた笑いが湧き上がった。
デュランダルはまた新しい“番犬”を手に入れたのだ。
柔和な笑みを浮かべてシンに激励の声をかける飼い主を見つめ、ジークは静かにその場を後にした。




叙勲式を終えたシンは、白服の男の背中を小走りで追いかけた。
「エアリス隊長!」
足を止めて振り返ったジークは、シンを見るなり唇に笑みをつくった。
「おめでとう。シン」
凄いじゃないか。よく頑張ったな。称賛の言葉をかけるジークに、シンは興奮した面もちで頷いた。
切れ長の黒い眼が優しく労るようにシンを見下ろす。
出会ったばかりの頃、この眼に冷たい印象を覚えていた自分はとんだ勘違いをしていたものだとシンは思う。
エアリス隊の任務はダーティワーク。それを指揮する黒い狼は冷酷な男だと聞いていた。だが、彼と過ごしたこの数ヶ月でそれはやはり噂話に過ぎなかったのだと実感する。
彼は強くて、優しい人だ。
「ありがとうございます」と誇らしげに張った胸には新たにFAITHの証が輝いていた。
「これでお前とは同格だな。もう不用意なことは言えないな…これまでの無礼も詫びといたほうがいいか」
「やめてください」
揶揄うように言われて、シンは苦笑交じりにはにかんだ。
「艦長から聞きました。宇宙ソラに戻るって」
「ああ…うちも少しトラブルがあってな。それに、もう俺の“手伝い”は不要だろう?」
ヘブンズベースの功績が認められ、シンとレイにはFAITHの称号が与えられることとなった。
もともと経験の浅いパイロットの補佐として派遣されたエアリス隊の仕事はここまでだという。
「いろいろとお世話になりました」
「こちらこそ。俺にとってもミネルバはいい経験になった」
握手を求め差し出された手。シンが遠慮がちに応じるとジークは力強く握り返してきた。
悠然とした目の前のトップエリートの顔を羨望の眼差しで見つめ、やがて言いにくそうに口を開く。
「それと、あの…」
ヘブンズベース戦を終えてから、ずっと彼に聞きたかったことがある。
「あの子…隊長が連れてきた連合の…」
言い終わる前に、彼は「ああ」と察した表情になった。
彼が捕虜として連れてきた連合の兵士…アーシェに瓜ふたつな少女は、ロード・ジブリールの動向を知る重要参考人だった。
“アレウス”のパイロットだったという彼女の名は、フィーネ。
シンはその名を、ステラの口から聞いたことがある。ディオキアの海で出会ったときと、ミネルバの医務室でステラが錯乱したときだ。
ステラにとって、フィーネという人物は大切な存在だったのだろう。
そんなフィーネとジークの関係について、シンはただの捕虜と敵兵だとは思えなかった。2人の姿に、自分とステラが重なったのだ。
ジークは考え込んだ様子で眉間に皺を寄せた。
「ステラの件…俺はお前を叱責出来る立場じゃないって言ったの覚えてるか?」
「はい」
それは、自分が直属の部下では無いからだ。
それでも、彼はステラのことを気にかけてくれていたように思う。どうしようもなく狼狽する自分にはっきりと声をかけてくれたのは、彼だけだった。
「あれは、俺にも後ろめたい事があったからだ」
ジークは視線を落として苦笑した。
「後ろめたいこと?」
「あいつは…あの連合の捕虜は、俺にとっての“ステラ”だ」
シンは胸塞がれた。
頭の中にあのあどけない少女の笑顔が過る。
「お前のステラを救ってやれなかったのに、狡いと思うだろうがな…」
「そんなことないです!」
シンは慌てて首を横に振る。
「生きられる可能性があるなら…どんな方法でも生きた方がいいに決まってます!」
自分が守れなかったステラの分まで、彼女は生きた方がいい。
シンの必死の訴えに、ジークは少し驚いたように目を開いた。
「どんな方法でも…?」
シンは力強く頷く。
「俺だってステラには生きて欲しかった。でも、俺は守れなかったから…」
自分の腕の中で息絶えたステラ…
守ると約束した愛しい少女を自らの手で水の中に沈めたあの刺すような冷たい感覚を、もう誰にも味わって欲しくない。
「ステラの分まで、あの子には生きて欲しいです」
ジークは呆気にとられたようにシンの顔を凝視していた。
シンは「あ、いや…」と体裁悪そうに頭をかいた。
「すみません…俺、エアリス隊長とあの子のこと何も知らないくせに、こんな偉そうなこと言って…」
その様子にジークはフッと吹き出した。
シンの頭に手を伸ばし、その黒髪をガシガシとかき乱す。
「本当に偉くなったな…シン。立派なエースパイロットだ」
その笑顔に、シンは熱いものが込み上げたのを感じて瞳を細めた。
「あいつの件があるからな…このままジブリールを討てないまま宇宙に戻るのは心底悔しい。だが、命令とあらば仕方ない…」
「あとは頼んだ」と無念を託すジークに、シンは背筋を正して敬礼で応えてみせた。
ロード・ジブリール…ステラやフィーネを兵器として操っておきながら、自分だけ生き残ろうと尚も逃げ続ける卑劣な男。
シンは静かに殺意を沸き上がらせて、胸の内で吐き捨てる。
――今度こそ、自分が叩き潰してやる。