「カーペンタリア情報部からの報告です」
ジークが投げるようにデスクの上に差し出した資料見つめ、デュランダルは笑った。
執務室の椅子に深く腰をおろして資料を手に取る彼の顔は今日も余裕綽々だ。
彼が見つめるそこには、一枚の写真が添えられている。
望遠レンズで隠し撮りをした何処かの邸宅での一場面…3人の男達が顔を突き合わせ握手を交わしている。
男の一人は、いまザフトが血眼になって探しているブルーコスモス盟主ロード・ジブリール。ジブリールの手を取る男は、オーブの宰相ウナト・エマ・セイランだった。
「確定だな」
フィーネの“自白”の裏取りは終わった。
デュランダルは満足げに息を吐いて資料を置く。
「証拠は揃った。さぁ、動こうか」
中立の理念を掲げていた誇り高い国がブルーコスモスの盟主を匿うとは、あの国も落ちるところまで落ちたものだ。
ジークは以前戦場で見た淡紅色のモビルスーツを思い出した。
ミネルバを討つべく派兵されたオーブ軍を救おうと、必死に和平を訴えていた若き国家元首…
――あのお姫様が守りたかったものはこんなものか?
なにがオーブの理念だ。
ジークは心の内で吐き捨てた。
聖人ぶった人間の方が、本能に忠実な“獣”以上に厄介ではないか…
「なんだか、今日はご機嫌ななめだね?ジーク」
子どもを相手にするような口調でデュランダルが言う。
「まだ怒っているのかい?彼女のこと」
「いいえ」ジークは冷たく返す。
「…むしろ、生命を救って頂いてますので」
デュランダルは白々しく困り顔をつくってみせた。
「では、次の作戦に君を組み込まなかったことへの不満かな?」
正直、どちらもだ。
ジークは彼を睨む。
ザフトはこれからオーブに対してロード・ジブリールの身柄引き渡しを要求するため艦隊を出動させる。その要求が受け入れられなかった場合は、オーブとの全面戦争も辞さない構えだ。
恐らくこの一件は平和的にはいかないだろう。
目の前で微笑みを浮かべる最高司令官も、腹の中ではそうであってほしいと願っているのをジークは知っている。
ジブリールもオーブも、ここでまとめて討ってしまいたいのだ。
今度こそロード・ジブリールを殺すことが出来る最後の機会。その作戦に、ジークは参戦することなく宇宙へ上がることが決定した。
「地球での戦力を失っているいま、連合は残る戦力を月に集めているようだ。戦況はこちらに有利とはいえ、楽観視はしていられないだろう。追い込まれた彼らが何を仕出かすか分からない。君にはそちらを任せたい」
「頼む」と、デュランダルは真摯的な表情でジークを見つめた。
「月起動の戦力強化は、プラント防衛の為に必要だ」
ジークはそれを冷めた目で見つめ、「分かっています」と機械的に敬礼をしてみせた。
乾いた口調で吐き出すのは、空虚なあの合言葉だ。

「ザフトの為に」






「はー!終わった終わった!」
基地宿舎の一室。ベッドの上に開いたトランクケースの蓋を勢い良く閉めて、グレイは大きく伸びをした。
革製の小さなそれには必要最低限の私物しか入っておらず、持ち上げると隙間だらけの中身が傾く音がした。
「四六時中、飼い主の横で忠犬の顔してるのキツいし、何より地球の空気は肌に合わなねぇ」
議長の護衛として地球に降りたグレイの任務は、これから議長をアプリリウスに無事送り届けて完了となる。
「気温も湿度も安定しない自然っていうのは不便だな。やっぱりプラントの中が快適だ」
そう言ってジークに笑いかける。
「俺の綺麗な赤髪、湿気に弱いんだ」
部屋の扉に背中を預けたジークは、腕を組んだまま難しい顔をしていた。
「悪いな。グレイ」
彼はプラントに戻ったらすぐディオニソスの被害復旧に奔走しなければならない。
「何を今さら」とグレイは笑い飛ばす。
「いつものことだろ。お前、この数日で何回謝ってんの?」
「…たぶん、一生分の謝罪を吐いた気がする。この先はもう出ねぇ」
「ザマァみろ」
苦い顔を浮かべるジークに、グレイは愉快だというように軽快な声をあげて笑った。
「…グレイ」
「うん?」
「お前…クロエに何も言ってないのか」
「何を」
「あの日、俺がフィーネにしたこと」
ミネルバ独房で錯乱するフィーネを利用して自白を強要し、劇薬を与えた日。目の前の親友は、泣きそうな顔で自分への嫌悪を吐き捨てた。
グレイにとって、クロエは全てをさらけ出せる相手だ。
自分達の群れの長がいかに愚か者か、クロエもとっくに知っているものだと思っていた。たが、回線越しに会話をした彼女はいつもと変わらず穏やかに笑って自分への忠誠を告げた。
その姿に、ジークは後ろめたさを感じていた。
「言わねーよ」
「あいつには言えない」と、グレイは憂鬱そうに唇を歪めた。
「クロエのお前への忠誠は憧れ以上だ。あいつの中の“ジーク・エアリス”を壊すことは出来ない。お前だって、昔から気付いてたくせに…」
紅い瞳がジークを咎めるように睨む。
「それに気付かないふりを続けるお前には腹が立ってた。今はもう俺のもんだけどな、お前の望みが叶うように尽してきたあいつの気持ちも少しは汲んでやれよ」
ジークは物憂げに視線を足元に落とした。
「…けどな、悔しいけどそんな嫌なとこもチャラにするくらい、俺はお前のこと大好きなんだ。もう、兄弟みたいなもんだしな…お前がどんな道を進もうと、俺はお前についていくって決めてる」
生まれた時からずっと一緒に居る友の信頼がジークの胸を圧迫する。
グレイ・ワイアードは、本来であれば自らの部隊を持つべき優秀な兵士だ。それでも彼はエアリス隊の副官であることに拘り続けてきた。
――どいつもこいつも…買い被りすぎだ
結局自分もただの飼い犬でしかないというのに。
わびしげな表情を浮かべるジークに、グレイは半ば呆れたようにため息をついて歩み寄った。
「…その顔は、今日までにしとけよ」
拳でジークの肩を軽く小突いて笑う。
「そんなんで戻ってきたら今度こそぶん殴ってやる。アーシェが殴りそこねた分も合わせて、ボコボコにな」
「グレイ…」
「じゃあな、愚かな狼さん」
「先に宇宙で待ってる」とグレイは陽気に手を振りながら去っていった。