「またそんな顔をして…」
イザークは呆れたように笑った。
目の前の少女は眉尻を下げて心配そうにこちらを見つめてくる。
「だって」とアーシェは口を尖らせた。
「月起動の戦況は一層予断を許さない状況になると聞いています」
「だから行くんだろ」
イザークは素っ気なく返しながら内心安堵がこみ上げていた。
結局、彼女のこういうところは変わらないのだ。昨夜の泣いた跡が残る眼がまた潤みだす。
「大丈夫だ」と笑い飛ばすイザークに、アーシェは頬を膨らませた。
「言っておきますけど、うちの隊長相手だったらこんなに心配しませんからね」
「それは…俺がジークより弱いということか?」
イザークはむっとする。
「違います」とアーシェは即座に返した。
「大切な人を戦場に送らなければいけない女は、どんな簡単な任務であろうと心配で堪らないです」
「大切な人?」
イザークが目を丸くして聞き返すと、アーシェは今更自身の言葉が恥ずかしくなったのか顔を赤らめてそっぽを向いた。
「私、今までとは違うので…言いたいことはちゃんと言います。全部見せろ、って言ったのは貴方です」
顔を背けて頬を膨らませるその姿は子どものようだ。
「本当の私は大人しい物言いなんて出来ませんし、我儘だし、憎まれ口だって叩きます…今更幻滅したは無しですからね」
イザークはそれを瞳を細めて見つめた。
彼女が見せてくれる新たな表情ひとつ一つが愛しく、嬉しかった。
徐にその頬に触れてみれば、柔らかな肌はさらに熱を帯びた。
ころころと表情を変えるこの愛らしい生きものを、どうにかしてボルテールに連れて帰れないものか。
――このまま攫っていったらジークは怒るだろうか?
名残惜しい気持ちを抑えて「またな」と別れを口にする。
その言葉に、アーシェはすぐに真剣な面持ちに切り替えて姿勢を正した。敬礼しようと上がりかけた右手を、イザークは即座に取って彼女を胸に引き寄せる。
「え、あの…」
腕の中におさまったアーシェが戸惑いがちに声をあげた。
「…ジュール、隊長?」
「こっちの方がいい」
秘書官だった頃、彼女はいつも任務に赴く自分を敬礼して見送った。
だが、今はもう上官と部下ではないのだ。2人の関係が変わった今、しばしの別れの前はこうしていたい。
本音をいえばその「隊長」という呼び方もどうにかして欲しいが、一度に求めるのは欲張りすぎだろう。
抱き締める力を強くすると、彼女は小さく頷いてイザークの肩に頬をよせた。
「…どうか、お気をつけて」




シャトル発着デッキに向かうイザークは、背中に突き刺すような視線を感じて眉を寄せた。
数歩後ろから付いてくる自身の副長は、不機嫌をあらわにしてこちらを見つめていた。
「なんだよ」
物言いたげなディアッカに、イザークは振り向くことなくぶっきら棒な言葉をかけた。
「いやぁ」とディアッカは口を尖らせる。
「なーんか、俺だけ置いてきぼりだなぁって…」
大げさなため息をついて肩を落とす。
「俺、お前のこと親友だと思ってたんだけど?」
「俺だってそう思ってる」
「じゃあ、教えろよ。いつからだ?お前ら。俺の知らぬ間に急接近して…」
「昨日」
「はぁ?」
ディアッカは間の抜けた声をあげて、足早に歩を進めてイサークの顔を覗き込んだ。
「いやいや…急すぎるだろ。なんだ?それ…何があったんだよ?」
好奇と不審が混じった紫の瞳がイザークの平然とした顔を映す。
イザークは進む先を見据えながら「秘密だ」と淡白に答えた。
尚も納得がいかないという様子のディアッカをよそに、イザークはふと頭上に視線をあげた。
星屑を散りばめた空を見上げ、思いを巡らせる。
ロゴス幹部を討ったとはいえ、地球連合の勢力はまだ月に残っている。開戦時に核を躊躇なく撃ってきた奴らが、追い込まれたいま再び凶行に走らないとは限らない。
この空の向こうには自分たちの故郷がある。
国を守りたい。
その一心が戦う理由だった。
だが、今の自分には新たな戦う理由が出来てしまった。
「…ディアッカ」
友を呼ぶとふてくされたような声の返事があった。
「友であり、何より頼れる副長のお前に相談なんだが」
「なんだよ?改まって…」

「パイロットを1人、増やそうと思ってる」