朝焼けに染まる丘に風が吹き抜けた。人工的な乾いた風を頬に受けながら、ジークは足早に歩を進める。
立木が一切無いそこは、代わりに大理石で造られたオルガン型の墓標が見渡す限り並んでいる。
悠然と整列するその様は、軍の隊列に思えた。
ザフト軍墓地。
ここにある白い石は大半が名を示すだけの役割で、故人の安らかな眠りを見守るものではなかった。殉職者の多くがその肉体を戦火に焼かれて散り、墓標の下で眠ることすら叶わなかったのだ。
ジークはザフト兵一人ひとりの為に造られた墓標の間を抜け、ひっそりと人目から隠されるようにつくられた区画に辿り着いて足を止めた。
個人のものよりひと回り大きく造られた墓標。
合葬墓のそれは、“兵器”としての役目を終えた子供たちのために造られたものだ。
ザフト軍の紋章が彫られたそこには、哀れな兵器の名は無い。代わりに情緒的な言葉が申し訳程度に添えられているだけだ。
―― KNOWN UNTO GOD
ジークはその文字を見つめて、片膝をついた。墓標の前に白い花束を手向け「お疲れ様」と労いの言葉をかける。
閉じた瞼の裏に一人ひとり部下の顔を映し出した。浮かんでは消える自分に向かって敬礼する兵士の顔…記憶の中の彼らは皆、意気高く同じ台詞を叫ぶ。
『ザフトのために!』
ジークはゆっくりと立ち上がりその勇敢な兵士たちに向けて敬礼した。
墓標を見つめる黒い瞳に、静かな闘志を燃やして。
「――何が、“ヤキンの英雄”…“停戦の立役者”だ」
ハンドルを強く握り締め、グレイが吐き捨てた。
「戦争で、敵を“殺さない”ことはそんなに美徳か?」
助手席に座るジークは、開け放った窓から外の景色を見やった。
朝焼けに染まっていた空は、いつの間にか爽やかな青空を映し出していた。
時間によって色を変える人工の空。穏やかな海。どの区画にから見ても美しく映るように計算して植栽された草木…
ここが、ジーク達“番犬”が生命をかけて守るべき祖国だ。
「あんな戦い方…直接的か間接的かの違いじゃねぇか。結果やられた側は死んでんだからよ」
ジークはなにも言わずに、憤りを吐き出すグレイの言葉に耳を傾ける。
“フリーダム”の不殺を貫く姿勢は、一見聖者に見えるだろう。
だが、そんなのは欺瞞だ。
クレタ沖では爆発に巻き込まれてミネルバのクルーは死んだ。
武装だけ奪われたハイネは、その後すぐなす術なく“ガイア”に討たれた。
モビルスーツが丸腰のまま戦場に放り出されることがどういうことか、奴は分かっているのだろうか。
間接的に敵を死においやっているというのに、自分は穢れてないかのように悠然と戦場を見下ろしてくる。
「キラ・ヤマト…」
ジークはポツリと“フリーダム”のパイロットの名を呟いた。
――最高のコーディネーター
戦場で敵を殺すために造られたジーク達は、敵を殺せなければ「無能」の烙印を捺されて即廃棄処分される運命だ。
そんな哀れな獣がこの戦場には存在していることを、キラ・ヤマトは知らない。
「俺はな、ジーク…あいつが俺達の存在を知らないまま、聖人面して戦ってるのが気にいらねぇ」
「…ああ、俺もだ」
「ザラだってそうだ。パトリック・ザラは俺達を造っておいて、テメェのひとり息子は安全な場所で大事に育てましたってか?」
「ふざけんな」と忌々しそうに顔を歪めた。
「恐らく…アスラン・ザラは生きてる」
ジークが嘆息とともに吐き出した。
グレイは思わずジークを凝視した。その拍子に車はふらつき、直ぐにハッと前に向き直る。
「どういうことだよ?」
横目でジークを伺う。
「シンとレイで撃墜したんじゃないのか?」
「勘だがな…」
ジークは憂鬱そうに瞳を伏せた。
つい最近、フィーネに「肝心なところは鈍感だ」と指摘されておいて言うのも説得力にかける気がした。だが、それでも“戦争”に関しての獣の勘だけはいつの時も外れたことがない。
アスラン・ザラは生きている。
再び現れた“フリーダム”を目にしたときに過ぎった疑念は、日が経つにつれて確信となった。
ジークはジブラルタルで見た自分を睨むエメラルドを思い出した。
インディゴブルーの前髪から覗くその鋭い眼を向けて、パトリック・ザラの息子―アスラン・ザラはジークに問を投げた。
『何故そんなに盲目に議長を信じられる!?』
『君ほどの男が何故…?君は何を信じて戦っているんだ!?』
あの時、ジークは彼に対して静かな怒りと憐れみが湧き上がった。
彼は本当に父親から何も教えられていなかったのか。
同じく名家の出のイザークでさえ、直ぐにジークの正体を理解していたというのに。
アスランの純粋な疑問を真正面で受けて、ジークは腹正しさを通り越して泣きたいような気分になった。なぜこんなにも違うと、悔しさが湧き上がった。
「ヴァルハラ計画」の傑作と称されたジークは、その高い身体能力を持ってしてもあの研究所で生き残るのは簡単なことではなかった。
文字どおり血を吐く程の努力で今の地位まで昇りつめたというのに、アスラン・ザラは自身の父親の罪を知らず、その恵まれた能力を自分の為だけに使えることがいかに幸せなことかを知らずに生きている。
「…必ず討つ」
ジークは低く吐き出した。
キラ・ヤマトも、アスラン・ザラも…
「今度こそ、俺達の手で」
ジークの言葉にグレイは大きく頷いた。真っ直ぐ前を見据えた紅い瞳も強い決意を宿していた。
ただ殺すのでは面白くない。殺すのは、互いの信念をぶつけ合う戦場でなくてはならない。
人類の夢を詰め込まれた男と、敵への憎悪だけを詰め込まれた兵器…勝った方の信念がこの世界の“正義”となる。
飢えた狼は、目の前に広がる美しい箱庭を睨む。
耳障りの良い理想論も上辺だけの正義感も、この世界では何の腹の足しにもならないことを思い知らせてやる。