喰らい損ねた獲物の姿を、獣達は憎悪に輝く瞳に映した。
エアリス隊の母艦“ディオニソス”のレクルーム。集まった隊員たちが睨むモニターから、ピンク色の少女が涼やかな声で世界に問を投げかける。
――今、世界を飲み込まんとする正義≠ヘ本物か?
硬い表情のまま無言でレクルームを後にするジーク。それに続いたグレイは前髪をかきあげて歎息した。
「厄介なことになったな」
「ああ、流石のご主人様もご立腹だろうよ」
いずれこうなることは分かりきっていた。だからこの件に関しては反対したではないか…
初めてラクス・クラインと同じ容姿、声をもつ少女を目の前にしたとき、ジークは自身の飼い主に対して呆れ返ったのを覚えている。
デュランダルの操り人形であるこちら側のラクス≠、本物がいつまでも放っておくわけがない。ラクス・クラインという少女は、自らの身を案じて大人しく隠れているようなタマではないのだ。
表舞台から降りて静かに暮らす彼女を刺激するような真似はよせと苦言を呈したジークに、飼い主はいつものように柔らかな笑みを浮かべて言い放った。「ならば、声をあげる前に黙らせればいい」と。
「…なんにせよ、エターナルを討ち損ねた責任を問われたら何も言えないぞ。ジーク」
「分かっている」
本音を言えば、詰めが甘い嘘をついた飼い主とオーブで女一人殺せなかった何処かの無能部隊を糾弾したい気分だった。だが、それを出来ない負い目がエアリス隊にはあった。与えられた獲物を狩ることが出来なかった自分たちも、「無能」と言われればそれまでだ。
「お詫びとして、あの人の前に獲物の首3つ℃揩チていって尻尾振るくらいはしてやるよ」
「ワンも言っとく?」
「言わねぇ。向こうにだって非はあるんだ」
既に飼い主との間に生じた軋轢は修復不可能だが、今はまだ忠犬でいるべき時だ。
落ち着け。まだ時期じゃない。
ジークは必死に自身に言い聞かせる。
目的を見誤るな。感情のまま動いては成せることも成しえない。
苛立ちに沸き立つ獣の血を抑えようと拳を一層強く握りしめたその時、通路に自分を呼ぶ二つの声が響いてジークは視線を上げた。
イルミとエルヴィンだ。
慌てた様子で駆け寄ってきた2人は、ジークに飛び付くと「ごめんなさい!」と声を揃えて叫んだ。
縋る小さな手は震えていた。酷く怯えた様子の瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れる。
「どうした?ふたりともそんな顔をして…」
子ども達の背中を宥めるように擦りながら、ジークはグレイに目配せした。青年2人は深刻に頷き合う。
パニックの原因は分かっていた。ラクス・クラインの姿を前にして、負け≠フ恐怖を思い出したのだろう。
「イル、あのピンクのお姫様…殺せなかった…!」
「僕達が、フリーダムに負けたからこんなことになってる!プラントに…ジークに、迷惑かけてる…!」
子ども達はしゃくりあげながら必死に訴える。
「ジーク…イル、今度こそちゃんとお仕事するよ」
「ちゃんとやる。ちゃんと殺るからぁ…」
お願い、棄てないで。
「なにを…」
ジークは思わず顔を顰めた。
「何を言ってるんだ、お前たちは…棄てるわけないだろう?大丈夫だよ。次がある」
次も、その次も…ずっとこの先、この子ども達には廃棄とは無縁の世界がある。今はその世界を得るための途中だ。
《悪いのはすべて戦わせようとする者…死の商人ロゴス=A議長の仰言ることは、本当に真実でしょうか?》
平和の歌姫の問いかけはまだ終わらない。
《わたくしには、そうは思えません》
透明な声で語られる言葉に、ジークはそれまで怒りに沸き立っていた胸の内が急激に冷えていくのを感じていた。
冷ややかな表情で押し黙る。抱えた子ども達は肩を震わせて泣きじゃくり、傍らのグレイは忌々しげに壁を殴った。
――ここまできて、邪魔をしてくれるなよ。ラクス・クライン…
《悪いのはあなたではないのだと…語られるその言葉の罠に陥らないでください》
じゃあ誰が悪いんだよ?とグレイが震える声で呟いた。
この不条理を呪うことは罪なのか?
この哀れな獣を産み出した責任を、俺達はいったい誰に問い質せばいいのか。
戦場という俺達の縄張りにまで、お前の優しい歌を持ち込まれては困るんだ。