「さて、それで?」
男はゆっくりと、モニターに映る初老の男に聞いた。
「具体的に、いつ始まりますか?」
「攻撃は」と楽しそうに口元をつり上げて笑う男の髪は白髪。白い肌がモニターの光によってシェルターに怪しく浮き上がった。
《そう簡単にはいかんよ。ジブリール》
男の問いに、大西洋連邦の大統領は苛々した様子で答えた。
《プラントは様々な手でこちらとの協議を図ろうとしているし、今回の声明に批判的な国も多いんだ》
ブルーコスモス盟主、ロード・ジブリールは呆れたというように大げさなため息をついた。
「そんなもの、プラントさえ撃ってしまえば全て収まりますよ」
《しかし…》
「奴らさえ消し去ってしまえば、あとは何に恐れる必要があるんです?ああ、オーブですか」
その国名に、大統領が苦い顔になる。
永世中立国を謳う島国は、地球随一と言われる技術力を持つ国。
先の大戦で攻め入った時には、大西洋連邦は多大な損害を受け撤退せざるを得なかった。
大統領はその経緯を思っているのだろう。
ジブリールはそんな彼を鼻で笑った。
「ふん、あんなちっぽけな国。何とでもなりますよ」
大統領はまだ何か言おうと口を開くが、ジブリールはそんなことは気にも止めずに一方的に回線を切った。
その途端、膝の上でうとうとしていた猫は何かに反応したように耳をピンと立てて起き上がった。シェルターの入り口へと駆けて行くと、ドアを一生懸命に前足で引っ掻きながら鳴いた。
それから直ぐに、シェルターは開く。
入って来た人物に、猫はすかさず擦り寄って喉を鳴らした。
「お帰り。フィーネ」
地球連合の軍服を身に纏う少女は、猫を抱き上げて微笑んだ。
「ただいま。ジブリール」
ソファに沈んだ身体が柔らかな布地に掠れた。
フィーネはジブリールの肩越しに無機質な天井を眺めながら、チリチリと頭の中に感じる痛みの原因を考えていた。
つい最近も似たような景色を見ていた。
誰かの肩越しに天井があった。それは、このシェルターよりずっと高くて、見知らぬ天井だった。
どこで見たのだろう。
『フィーネ』
ぼんやりとした意識のなかで、自分を呼ぶ声がした。
いま自分を抱いている男から発せられる音とは違う。熱を帯びたバリトンだった。
ジブリールの指がフィーネの髪、頬と滑り、首筋でピタリと止まる。
白い肌に薄っすらと消えかかった赤い跡があった。
「やはり、“メンテナンス”は必要だな」
そう呟いて首筋に唇を寄せると、柔肌に歯を立てた。
「ッ…」
突如走った痛みにフィーネは我にかえる。
ジブリールの冷たい目がフィーネを見下ろしていた。
「ジブリール…」
フィーネは彼の名を呼ぶ。
彼の機嫌損ねてしまったことを直ぐに理解して、おずおずと彼に手を伸ばす。
途端、その手首は乱暴に掴まれソファに縫い付けられた。
「“放し飼い”は駄目だな。どこに行くか分からない」
彼の言葉の意味は、フィーネには分からなかった。
理由が分からないまま謝罪の言葉を絞り出そうと口を開くが、次にその口から出たのは悲鳴にも似た嬌声だった。