ディオニソスから飛び出した時には、既に前方から敵モビルスーツの大群が迫っていた。
背後にあるリング状のコロニーを守るように展開した様子からみて、やはりあれが彼等の作戦の要なのだろう。
“ワルキューレ”を加速させながら、フィーネは複雑な息をついた。
対峙するのは、どれも見慣れた戦艦とモビルスーツだ。
つい最近まで自分はあちら側だったのに、今日はザフト兵として古巣に銃口を向けている…
「いい加減、自分が嫌になるわね…」
何の思い入れもない場所のはずだった。彼処に残してきたものは何もない。
だというのに、いま胸の内にかかる重い影の正体は罪悪感というものだろうか。
地球軍の“フィーネ”、ザフトの“フィーネ”。自身でも理解しきれない自分がいっぱい…
《大丈夫か?フィーネ》
並走する“フェンリル”から、ジークが気遣う言葉をかけた。
「大丈夫」
フィーネは力強く頷く。
「ちゃんと、戦える」
フィーネが改めて決意したその時、敵艦隊が一斉に火を噴いた。迎え撃つエアリス隊、ジュール隊のモビルスーツもその熱線をくぐり抜けて敵群に躍りかかる。 
“ワルキューレ”の背中から“レイヴン”を切り離し、思念を集中させる。攻撃を命じれば、5つの砲塔は正確に敵機の中心を撃ち抜いた。
「いい子ね、ワルキューレ」
だが、頭のなかでイメージした攻撃よりまだ遅い。“ワルキューレ”の能力はこんなものでは無いはずだ。
敵機が爆散するのを見届けることなく、直ぐに次の標的を捉えて堕とす。何度もそれを繰り返すうち、フィーネの額に汗が滲んだ。
“ワルキューレ”に指示を出すたび、頭の中を刺すような痛みがはしる。「命令するな」という“彼女”の反抗心の顕れだ。
フィーネは、フウと息をついて“彼女”に呼びかけた。
「ねぇ、どうやったらあなたと仲良くなれる?」
アーシェはこの子と上手くやれてるのだろうか。
遠くで同型のモビルスーツが敵艦の周囲を飛んでいるのが見えた。打ち上げられる対空砲火などものともせず、縦横無尽に飛びまわってビームを艦体に突き刺す姿は活き活きとしていた。
「私もそれなりに強いと思うんだけどな…」
物憂げにそう呟いて、フィーネは進路を塞ぐ“ウィンダム”の胴を真っ二つに切り裂いた。




地球連合軍、ダイダロス基地。
プラントから見て月の裏側にあたるそこに、オーブから逃げ延びたロード・ジブリールの姿があった。
ジブリールが満足気に見つめるオペレーションルームの大型モニターには、地球と月、そしてプラントの位置を示す宙域図が映し出されていた。
宙域図の上を動く光点を注意深く観察していたオペレーターが、単調な声で目標地点到着まで間もなくだと告げる。

――ようやくこの時がきた

「本当に、撃つのですか?」
ジブリールの興奮に、陰気な声が水をさした。
司令官席に座っていた男が、面長な顔をジブリールに向けて言う。
「本当に、あなたは、“これ”を」
「今更になって怖気づいたか?」
もうあとはトリガーを引くだというのに、この男は何を言っているのか。
随分と辛気臭い男だと、ジブリールは彼を睨みつけて思う。これが本当にダイダロス基地の司令官なのか、連合の人事評価に疑いを持ってしまう。
「当たり前だ。その為に私は此処へ来たのだからな」
地球連合軍にとっての宇宙の重要拠点は、プラントと対峙するように造られたアザッヘル基地だ。
アザッヘルではなく、敢えて月面の反対側にあるダイダロスにジブリールが上がったのは、何も追手の裏をかく為だけではない。
基地の外れでは、巨大な円形の兵器が既にエネルギーの蓄積を終え宇宙へ放たれる時を今か今かと待っている。
軌道間全方位戦略砲“レクイエム”
ザフトの眼を盗んで建設されたその兵器を、ジブリールは自ら使うためにやって来たのだ。
「せっかく造っておいていざという時に撃てないなど、そんな情けない話があるか?撃つべきときは撃つ、それが今だ」
自信に満ちたジブリールの言葉に、司令官は「なるほど」と感心したように頷いた。
「不躾なことを言って申し訳ありません。頼もしいお言葉を聞けて、嬉しく思いますよ」
ジブリールは怪訝そうに司令官の顔を見やる。
「ならば、我々も苦労して造った甲斐があるというもの…」
司令官の唇に安堵のような微笑みが浮かぶ。彼はゆっくりと永く胸のうちに溜め込んでいた憤りを語った。
「最近は“必要だ”と巨費を投じておきながら、肝心な時に“撃てない”などと言う心優しい政治家が多いものですから。ならば、我々軍人はなんの為に身を粉にして働いているのかと…こんな辺鄙なところに長く居ると辛気くさい考えばかりが浮かんでしまうのです」
ジブリールはまじまじと悲壮を漂わせる顔を見つめ、やがてフンと彼の憤りを一笑してみせた。
「見くびるなよ。私は大統領のような臆病者でも、デュランダルのような夢想家でもない」
迷いのない言葉に励まされたのか、司令官の表情は幾分か晴れやかになった。
2人がそんなやり取りをしているうちに、発射の準備は順調に進んでいた。
月面では“レクイエム”を被っていたカバーがゆっくりと開き、その砲口が姿を現す。
その様子をモニター越しに見届け、ジブリールは手元に視線を落とした。目の前にあるトリガーを押せば、このダイダロス基地の兵士たちの苦労は報われる。
「標準は、何処に?」
司令官が尋ねる。
「アプリリウス」
当然だと言わんばかりの勝ち気な笑みで、ジブリールは答えた。
「これは警告ではない。終わらせるのだよ、すべて」
プラントとの交渉など端から求めていない。
この戦争が終わるときは、奴ら穢れた血がこの世界から消え去るときだ。
青く清浄なる世界の為に。我々人間の美しい大地を救うのは、自分だ。
ジブリールは決意を込めてトリガーを握る。
「さあ、奏でてやろうデュランダル…」

――これが、お前たちを弔う鎮魂歌だ