月でジブリールが苦渋に顔を歪めていた頃、本来“レクイエム”に撃たれるはずであったプラントの首都“アプリリウス・ワン”には、プラントのトップの姿は無かった。
ジブリールがプラントの首都機能と共に葬り去りたかった男─ギルバート・デュランダルは、ザフトの起動要塞“メサイア”の中で怒鳴り声をあげた。
「一体どういうことだ!?何処からの攻撃だ!」
ワナワナと全身を震わせる。
いま司令室に居る誰もが、デュランダルの姿を国の一大事に驚愕し怒りに震える最高司令官として見たことだろう。
だが、彼はいま自身のなかで高まる興奮を必死に取り繕おうとしているだけであった。
――ようやく動いたか、ジブリール
デュランダルは険しい表情を浮かべたまま、周囲の将校たちに指示を与える。
それでいい。それこそ、彼を逃したかいがあるというものだ。
これまで周到に用意してきた局面が、ようやく終局を迎えようとしている。
先の会見での失態など、デュランダルは既に忘れていた。
ラクス・クラインが今更どう足掻こうともう遅い。
この一方的な殺戮を目にして、立ち止まる者がどこにいる?何が真実で何が正しいかなど、いまは呑気に夢想している場合ではないのだ。
何も知らず、何も思わず、ただ自分のシナリオ通りに踊ってくれさえすればいい。
民衆も、ロード・ジブリールも、あの“番犬たち”も…
皆、自分の手駒に過ぎない。
全身を襲う不快感とせり上がる悪心に、ジークは思わずヘルメットを脱ぎ捨て咳き込んだ。
それでも急激に乾いた口からはただ唾液が数滴出るだけで、腹から喉にかけて圧迫する何かから解放されることは出来なかった。
「ハッ…!」
圧迫感から逃れるように乱雑にパイロットスーツの首元を開ける。必死に掻き毟っても、喉元を締め上げる見えない首輪は外れない。
激しく拍動を続ける心臓が肋骨を殴打し、正常な呼吸のリズムを忘れた肺はただひたすらに空気を外に出すだけだった。
瞬間、ザッと目の前の視界にノイズが交じる感覚がして、ジークは咄嗟に額をモニターの角に打ち付けた。
鈍い音のあと、コックピットに鮮血が散った。
「あっぶねぇ…」
歪んだ唇から焦りが漏れる。
――ここで落ちてる場合ではない
震える手でシートの裏から緊急用のウォーターパックを取り出して、一気に吸い込む。
「くそッ…」
パックの水を飲み干しても乾きは収まらない。
プラントに絶対服従だと刷り込まれている身体には、目の前に広がる光景は猛毒だ。痛覚は鈍感に造られているはずだが、この苦しみだけは別だった。
落ち着け。落ち着け。苦痛に喘ぐ身体に必死に言い聞かせながら、ジークはモニターに視線を落とした。
ディオニソスから届いた電文が被害の詳細を伝えてくる。
“ヤヌアリウスワン”から“フォー”に直撃。さらに、崩壊した“ヤヌアリウス”の衝突によって“ディセンベルセブン”と“エイト”が崩壊。
プラントの居住人口は一基につき約50万人。たった今、数百万の命が奪われた。
居住区と真空の宇宙とを隔てていた自己修復ガラスの壁に僅かでも穴が開けば、そこに住む者は瞬く間に絶対零度の闇に吸い出されることになる。いまプラントの残骸とともに浮遊している亡骸は、自らが置かれた状況など何も理解していないだろう。
「まさか、月の裏側から撃てるのか。これ…」
報告によると、ビームがプラントを切り裂く数秒前、月の裏側で高エネルギー体が発生したのが確認されているという。
ジークはコロニーを忌々しげに睨む。直径6キロメートルにも及ぶ巨大なリングは、未だ帯電してバチバチと火花を散らしていた。
これを中継点として繋げれば、どこでも標準に出来るというわけか。
いずれ開戦時と同様にプラントへ直接攻撃を仕掛けてくるだろうとは予想していたが、こんな方法とは…
《ジーク!コイツを墜とすぞ!》
平静を取り戻しかけていたジークの耳に、イザークの怒声が響いた。
不意打ちでくらった鼓膜への刺激に、身体がビクリと硬直した。そのよく通る声ですら今のジークにとっては痛みを誘発するものだった。
うるせえな。何の罪もない彼に一瞬だけ恨めしい感情を覚える。悪いのは、自分の遺伝子に刷り込まれた厄介な機能だというのに。
「ああ…2射目があったら今度こそプラントは終いだ」
ジークは自身の部下たちに回線を繋ぎ、状況を確認した。モニターに映った彼らの顔は苦痛を浮かべていたが、皆一様に「まだやれる」と頷いた。
「つらいだろうが、あと少しだけ頑張ってくれよ」
全身に残る嫌悪感に顔を顰め、ジークは操縦レバーを握りなおす。
“フェンリル”を軽快にターンさせて、銀色に光るコロニーに鋭い視線を向けた。
「何がなんでも墜とせ!」と2人の指揮官が叫んだのは、ほぼ同時だった。
惨劇を前に自失していた兵士達は、上官の怒声をきっかけに正気を取り戻して再びコロニー向かって機体を駆る。
コロニーを守ろうと地球軍のモビルスーツ部隊も立ちはだかるが、その気迫に圧倒されたのか一瞬怯みながら武器を構えた。
祖国を撃たれた復讐心をありったけ込めて、ザフト艦隊は一斉に砲火を放った。