こめかみでズキズキと脈打つ血流は、紛れもなく殺意だった。
必ず自分の手で殺すのだ。そう決意して追い続けた獲物をようやく目の前にして、ジークは自身でも驚くほどに冷然と落ち着き払っていた。
ロード・ジブリールを殺せばフィーネを地球の呪縛から解放することが出来る。彼女を自分のもとに取り戻せる。
長年の悲願が達成される瞬間を目前にした胸中を支配する感情は、決して喜びなどではなかった。むしろそれは虚無感に近いものだったかもしれない。
何度繰り返しても満たされることのない飢えにも似た渇望。そしてそれは常に不安や焦燥を伴っていて…
ジークは吐き気を覚えるほどの嫌悪とともに理解した。
自分はただこの空虚さを埋めたいだけなのだということを。そのためにフィーネを利用し続けてきたのだということを…
“愛”などと耳障りの良い言葉に置き換えることで無意識のうちに自己正当化してきただけだという真実に、ジークは初めて向き合った。
こんなことをしたところで、自分の罪は消えないのだ。フィーネが奪われたものが戻ることはないし、むしろ彼女は今後も失い続ける運命だ。

——それでも

壊滅状態となったダイダロス基地の裏手から出てきた艦影を、ジークは黒い瞳に焼き付けるように睨んだ。
研究所を出てからずっと自分を支配するこの虚無感を今更嘆いたところで何も解決しない。自分はもはや後戻りできないところまで来ている。ならば進むしかないではないか。
ジークは己の中の矛盾を振り払うように固く目を閉じてから再び開くと、目の前のスチールブルーの戦艦に向けて“フェンリル”の背面の砲塔を全て解放した。

——それで?お前は気が晴れたか

記憶のなかの記憶のなかの父の声が低く冷たく響く。

「晴れるわけねえだろ…クソ親父」




「——敵モビルスーツ接近!」
“ガーティ・ルー”の管制官の叫びに、ロード・ジブリールはその白い顔を強張らせた。
「数1、“フェンリル”です!」
ブリッジの正面モニターが遥か遠くからこちらに向かってくるモビルスーツを映し出す。
宇宙に溶け込む漆黒のモビルスーツがまるで死神のように禍々しいオーラを放っていま自分たちの命を狩るべく迫ってきていた。
瞬間、ロード・ジブリールはハッと息を詰めた。
あの機体に乗っているパイロットの憎悪に満ちた視線がこのブリッジに居るクルー皆にではなく、自分にひとりの心臓めがけて突き刺さっているような気がしたからだ。
もちろん実際にはそんなことあるはずがないのだが、追い詰められた彼の研ぎ澄まされた第六感には確かにそう感じられた。
「フェンリル…」
ジブリールがその機体を目にするのは初めてだった。
“フェンリル”
神話に語られる神狼の名を冠した漆黒のモビルスーツ…
「黒い…オオカミ…」
ジブリールが呆然と呟いた瞬間、目の前に閃光が開いた。黒い狼の牙がブリッジを貫き、ジブリールの身体は一瞬にして爆炎にのまれて消えた。