「――ジーク!」
エアリス隊に割り当てられた士官室。勢いよく入って来たグレイに、クロエは「お静かに」と眉を顰めて咎めた。
グレイはクロエを余所につかつかとジークが座るデスクに進むと、思い切りデスクを叩いた。
「おい!ジーク!」
「…そんなに叫ばなくても、聞こえてる」
どうした?とデスクトップから視線を離さずに聞く。
「出撃ならまだだぞ」
「そうじゃなくて!」
グレイはひどく混乱した様子だった。
「“スペア”がいる!」
“スペア”
その言葉に、キーを叩いていたジークの手がピタリと止まった。
「あ、“スペア”じゃなくて…今はなんだっけ?いや、それより、今ジュール隊とすれ違ったんだよ。それで…」
「知ってる」
ジークはふうと深い息を吐いて、グレイの言葉を遮った。
「ジュール隊の秘書官」
「そう!それだ!」
「…俺も先ほど会った」
「なんだよ!?あれは!」
「ッ…俺が知るかよ!」
再びデスクを叩いたグレイを、ジークが大きな舌打ちともに怒鳴りつけた。
鋭い視線に射抜かれてグレイは怯んだ表情を浮かべた。
「…ごめん」
途端に弱々しくなったグレイの声に、ジークはハッと我にかえって「悪い」と再び息を吐く。
苛立ちを抑えるように額に手を当てて黒い瞳を細めた。
「他人の空似ってレベルじゃないぞ、あれ…」
「恐らく、“そういうこと”だろうよ」
ジークは苦悶の表情を浮かべて、先ほど遭遇した少女を思い出した。
淡いブルーの髪。あの時、驚いて見開かれた瞳は“彼女”の左目と同じだった…
――アーシェ・ヘインズ
ユニウスセブンの破壊作戦のときに、言い知れぬ違和感を覚えたあの名だ。
ジークは考えを巡らせる。
もし本当に自分の知っている“ヘインズ”だとしたら、あれは文官としてあの場に居るべきものではないはずだ。
「そうか、そういうことか…」
“スペア”
グレイが口走ったその単語を、ジークは長年忌み嫌ってきた。なんの意味もない、“彼女”を示す侮蔑的な記号だと思っていた。それが今ようやく意味を持って目の前に現れた。
「随分と厄介なもんの“スペア”だな…」
ジークは独り言のように、小さくそう言って苦笑した。
クロエを呼んで、1枚のディスクを差し出す。
「その中のもの、急ぎで調べてくれ」
「承知しました」
「早く終わらせて、ディオニソスに戻るぞ」
ジークは乾いた口調で言い放った。
「やる事が増えた」